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西洋美術研究者が語る「日本美術は面白い!」 №15 [文芸美術の森]

                         シリーズ≪琳派の魅力≫

         美術ジャーナリスト  斎藤陽一

                      第15回:  本阿弥光悦の茶碗
       「白楽茶碗:銘 不二山」(国宝。長野県・サンリツ服部美術館)
        「赤楽茶碗:加賀光悦」(重文。京都・相国寺)

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今回は、本阿弥光悦が作った茶碗をふたつ紹介しましょう。

 光悦は、千利休の弟子だった古田織部から茶道を学び、深く茶に親しんでいたと言われます。晩年の光悦は、楽焼の楽家2代常慶や3代道入から釉薬や窯焼きの知識を得て、興のおもむくまま、手びねりで茶碗を作りました。それだけに、光悦が作った茶碗には、先例にとらわれない何とも自由で斬新な造形感覚が見られます。

≪白雪をかぶった富士山≫

 始めは、国宝に指定されている「白楽茶碗:銘 不二山」(左図)。光悦自身が「不二山」という銘をつけました。
 口縁は丸く作られていますが、故意に歪みがつけられ、かすかにうねるような変化を見せています。
胴の上部は円筒形をしていますが、下部は、ざっくりとへらで削り落として平面的なカットをつくり、丸みを帯びた上部と直線的な下部とがせめぎ合うという、緊張感がうまれています。
室町時代に珍重されていた、中国や朝鮮から伝来した、ゆがみとかいびつなところがひとつもない形の整った茶碗とは趣を異にする、きわめて大胆な造形なのですが、存在感がありますね。凛とした品格さえ漂わせています。

 やはり、この茶碗の大きな魅力は、釉薬の変化がもたらした「景色」にあるでしょう。
茶碗全体に白釉をかけて窯で焼いたところ、下半分は炭化して青黒い色に変じてしまった・・・普通なら「失敗作」として割ってしまうところを、そこは光悦、これを、“雪をかぶった富士山”に見立ててしまいました。光悦は、そこに美を見出したのです。その途端、この茶碗は新しい美意識をまとった名碗に生まれ変わりました。
 俵屋宗達の「風神雷神図」にも通じる、自由で闊達な美意識を感じませんか。

≪切り傷のある赤楽茶碗≫

 もう一つの茶碗は「赤楽茶碗 加賀光悦」(右図)です。
 この茶碗は、かつて裏千家四代が加賀前田藩に仕官した時に所蔵していたので、「加賀光悦」と呼ばれています。

 こちらは、白土の素地の上に、「赤楽」に使う鉄分を含む土を刷毛で塗り、窯で焼いたものです。そのために、全体は赤みを帯びていますが、部分によっては、下地の白が見え隠れして味わい深い「景色」が現れました。

 この茶碗をよく見ると、器のあちこちに、へらで削った切り傷のような痕があるのに気づきます。そして見込み(器の内部)や、腰(器の下部)あたりは、ざらざらとした感触をそのまま見せています。これが、「切り立った断崖」を思わせたり、「岩の塊」を思わせる、この茶碗の風情を生んでいるのです。従来の鑑識眼で見れば「傷物(きずもの)」とされるものでしょう。
 
15-3.jpg 先に紹介した「白楽茶碗:不二山」同様、この「赤楽茶碗:加賀光悦」でも、口縁の作りは滑らかでなく、意図的にかすかな高低をつけ、高台あたりの底の部分では、あえて「ゆがみ」を持たせて作っています。
形が整った、綺麗な茶碗を見慣れた眼には、気ままで奔放な造形に映りますが、こうようなゆがみやいびつ、荒々しい感触、不整形が作る趣きを、光悦は「面白い」と思ったのです。
 シンメトリックで滑らか、綺麗な模様が現れた「窯変天目」のような中国伝来の茶碗は、確かに誰が見ても美しく、完璧と思わざるを得ません。
しかし、そのような理想的な美に加えて、本阿弥光悦は、あえて不完全さがもたらす面白さを愛で、そこに美を見出したのです。


≪「不完全さの美学」≫

ここには、「完全なものをよしとする美学」とは対極にある「不完全さの美学」があります。これは、「不足の美」などとも呼ばれていますが、私たち日本人が受け継いできた感性―「ゆがみやいびつな形も面白い」「不均衡なものに趣がある」「不完全さに余情がある」というような感性に由来するものではないか、と思います。光悦の茶碗は、それを大胆につかみ出して、造形化したものと言えるでしょう。

さらに申し上げれば、本阿弥光悦デザインの「硯箱」のところでも触れたように、この美意識はまた「やつし」「かぶく」「あそび」と言った精神とも呼応するものでしょう。
本阿弥光悦が打ち立てたこのような美学は、俵屋宗達の造形精神とともに、後世、「琳派の美学」として継承されていくことになります。

ちなみに、西洋美術において、長い間、主流となっていたのは「古典主義」の美学です。
「古典主義」の美の規範のひとつは「理想美の追求」です。古代ギリシャの芸術家たちは、人体彫刻や神殿建築において、完璧な「比例美」や、調和のとれた「左右相称の美(シンメトリー)」を追求しました。これが、その後の西洋美術の歴史の中でも、強い規範であり続け、それどころか、「古典主義の美学」は、現在にいたるまで、西洋文化の大きな骨格であり続けています。
このような作例は、西洋の絵画や建築、工芸の分野では枚挙に遑(いとま)がありませんが、ここでは、自然の15-4.jpg植物でさえもシンメトリックに刈り込んで造形した「幾何学式庭園」を図示しておきましょう。
ちなみに、「自然を人間の支配下に置く」と言うのは、西洋文明を支えてきた基本原理のひとつですが、21世紀になった現代、この原理がさまざまな環境問題を引き起こし、破たんをみせているのはご存知の通りです。

私たち日本人も、最初に「幾何学式庭園」を見たときは「美しい!」と思うのですが、しばらくすると、あまりにも人為的過ぎて、落ち着かない気分になることが多いと思います。
15-5.jpg勿論、私たち日本人も、古来、形の整った、シンメトリックな構図を美しいと感じる感性を持っています。たとえば、縄文土器の中にも、そのような作例をいくつも見出すことが出来ます。(右図参照:縄文時代中期。高さ47.5cm。長野・井戸尻考古館)
この美意識は、その後、現代にいたるまでの日本美術でも、規範のひとつとしてあり続けているのも確かです。

と同時に、私たちは、「それだけでは面白くない」「いびつで歪んだものも面白い」とか、「どこか欠けた、不完全なものに妙味がある」とい15-6.jpgうような、「不完全さの美学」をも潜在的に持ち合わせていることは、誰もが感じることですね。
これは結構、複雑・繊細な美意識でもあります。
例として、千利休の弟子であった茶人・古田織部が自らデザインした「織部焼」をひとつあげておきましょう。(本阿弥光悦は、古田織部から茶を習ったと言われています。)
文学の例として、吉田兼好の『徒然草』の一節を引いておきます。
  「花はさかりに月はくまなきをのみ見るものかは」

本阿弥光悦の功績は、このような日本的な美意識を、工芸の分野で、思い切ってつかみ出し、定型を打ち破った斬新な造形表現として提示したということでしょう。
大きく掴めば、「均衡」と「不均衡」、「完全さ」と「不完全さ」とのせめぎ合いの中で、造形感覚を磨いてきたのが日本の芸術家たちではないか、と思います。


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