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西洋美術研究者が語る「日本美術は面白い!」 №14 [文芸美術の森]

             シリーズ≪琳派の魅力≫

            美術ジャーナリスト  斎藤陽一  
                       

            第14回: 本阿弥光悦「樵夫(きこり)蒔絵硯箱」 
             (重文。24.3×22.9×10.2cm。熱海・MOA美術館)

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≪「やつし」の美学≫

前回紹介した本阿弥光悦の「舟橋蒔絵硯箱」に続いて、今回は、もうひとつ光悦作の硯箱を見てみたいと思います。熱海のMOA美術館が所蔵する「樵夫(きこり)蒔絵硯箱」です。

 この硯箱もまた、光悦独特の、蓋の甲が高く盛り上がった造形が目を引き付けます。高さが10.2cmもあります。
 さらに意表をつくのは、大きくクローズアップで描かれた樵夫(きこり)の姿。造形といい、モチーフといい、光悦の個性が発揮された硯箱です。

 地の部分は蒔絵なのですが、樵夫の腕や脚には鮑貝(あわびがい)を使った螺鈿(らでん)、衣装や背中に背負った粗朶(そだ)には鉛板が使われています。ここでも、重くて渋い光沢の鉛を効果的に使っています。

 樵夫が踏みしめている金色の山道は、蓋を開けると、その内部の硯入れにもつながっており、そこには蕨(わらび)が描かれています。

14-2.jpg さらに、この写真では見えませんが、蓋の裏側にも、箱の底にも、山道はつながるように描かれ、硯箱全体が山のイメージで覆われる仕掛けとなっています。
 この簡潔なデザインと空間的な構成により、早春の山道を樵夫がとぼとぼと歩む情景が暗示的に表現されています。

 これまで、「樵夫の労働」というような卑俗な題材を、蒔絵の器に大きく描くことなど考えられませんでした。いかにも“前衛派”らしい光悦の挑戦ですね。
 その背景には、前回もお話ししたように、当時の「かぶく」気風を反映しているように思えますし、また、日本美術が本来持っていた「遊びの精神」を思い切って発揮したとも思われます。
 もうひとつ、当時の高貴な身分の人や裕福な町衆などが、あえて粗末な環境をこしらえたり想像したりして、そこに身を置くことに「風流」を味わう、という「やつし」の美学とも関係しているのではないか、と考えます。「身をやつす」の「やつし」です。
 この「やつし」への嗜好は、古歌にもしばしば現れていますね。たとえば:

  「秋の田のかりほの庵(いお)庵の苫(とま)苫をあらみ
             わが衣手(ころもて)衣手は露に濡れつつ」(天智天皇) 
 
 もっとも、美学にまで深められた「やつし」とは、単なる粗末や貧しさを装うものではなく、桃山時代のひとつの時代意匠でもあった装飾過剰なまでの贅(ぜい)の美からどんどん引き算をしてゆき、簡素さを徹底する中で浮かび上がる精神性を帯びた美しさ、それのみをさりげなく提示すると言う、手の込んだものだった、と思います。この精神はまた、千利休が茶道でめざした「わび・さび」の美意識にもつながるように思いますが、ここでは深追いをやめておきましょう。

 この硯箱が「樵夫(きこり)」をモチーフとしたことについて、近年では、謡曲「志賀」に題材をとっている、という説が登場していることを付記しておきます。
 この謡曲は、平安時代の歌人、大友黒主が、春の山に木こりに身をやつして現れるという物語です。そう、これも「やつし」の美意識を反映していますね。

 俵屋宗達の「風神雷神図」や本阿弥光悦の蒔絵硯箱を紹介する時、たびたび「遊びの精神」について触れましたので、これに関連して、私が敬愛する日本美術史の大家・辻惟雄先生が挙げている「時代や分野を越えてある日本美術の特質」をご紹介しておきます。辻先生は三つ挙げています。(辻 惟雄『日本美術の歴史』東京大学出版会)

 第一は「かざり」 ― これについては、後の回で、尾形光琳を語るとき、少し詳しく紹介したいと考えています。
 第二は「あそび」 ― 辻先生は、ホイジンガの『ホモ・ルーデンス』から示唆を受けたとして、「一見真面目くさった日本人の生活態度の裏に豊かな遊び心が隠されている」と言います。
 第三は、万物に精霊が宿ると信ずる「アニミズム」 ― 言わば、私たち日本人のDNAに組み込まれている「自然信仰」ですね。

 俵屋宗達や本阿弥宗悦の作品にも、当然、このような特質がしばしば現れていますが、私たちが様々な日本美術に接するとき、このような視点で眺めてみると、はっとするような発見をもたらしてくれます。
 さらに、このような特質は、私たちの周囲を見回すと、現代にも息づいていることに気づくのですが、ここでは、このくらいにしておきます。
                                                             


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