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梟翁夜話(きょうおうやわ) №38 [雑木林の四季]

つけペン

                翻訳家  島村泰治

十年日記というのを使い始めて六年になる。日毎の書き込みは四行で、ほぼ出来事や思いつき、備忘録の類で埋まっている。行間五粍だからペン先が太くてはどうにもならない。愛用のペリカンを諦めて細書きのパイロットで五年書いていたが、熟(こな)れたペン先が矢鱈に滑って字が粗雑になるのが気になっていた。

引き出しを掃除していたらうん十年前のつけペン軸が見つかった。錆びた丸ペンとGペンが付いた二本、早速インク壺に浸して書いてみた。ペン先は古いのと錆で書き味は無残だが微妙な抵抗感が懐かしい。ペン先を替えて日記に使おうと考えた。

翌日、他の都合に合わせてイトウヤに出向いた。街角の文房具より品揃えがましだからつけペン先があるかも知れない、軸もついでに新調しようかと思ったのである。訊ねるとつけペンとはマンガを書くアレかと云う。マンガとは限らないと云えば小首を傾げながらあるコーナーに導かれた。見れば、矢鱈に細いミニペン先が、やや太い短身の軸に刺されて並んでいる。似て非なるものだ。店員には目顔で駄目だと伝えて店を出た。

日常のつけペンは店頭にはないと決まった。軸は古い奴で間に合わせてもペン先をなんとかしたいと、拘り癖の私はネットを漁った。流石は何でもありのアマゾンだ。立派な古風な丸ペン先が売られていた。十本八百円は高いと思ったが、是非もないと送らせる段取りに。流石に送料は無料だという。

これも流石のアマゾン、二日も経たずにペン先が届いた。イトウヤが廃れるわけだ。ネット通販という奴はどう機能しているのか、厄介なもの探しはネットに限るとはどうやら定説らしい。何時だったか、読書用に重宝なシートルーペを此処で見つけた。値段が高めなペン先は無料というか送料込みだったが、アマゾンは送料が不具合に高い。その辺り、便利と刺し違えの絡繰りなのだろう。

その晩の日記は、早速新調のペン先で書いてみた。おお、これだと思った。コンマ二粍ほどの細字、それにぐぐっと云うペン先の抵抗感が上品で文字が滑らずに書ける。万年筆がなかった(いや、あったのだろうが高かった)ころ使っていたつけペンの感触が蘇って胸に迫った。その晩の四行の書き込みは、われながら見事な草書で埋まった。書き味という味を久し振りに味わった。はねもはらいも「筆先」の引っ掛かりがあっての贅沢だ。つるつるころころでは文字は書けないとしたものだ。拘り癖のお陰で、このたびはそのあたりの贅沢をたかが日記書きで味わえて、人知れずにんまりした。

つけペンの話しには後日談がある。膝の手術のことで病院に出向いた際のことだ。何枚かの念書に住所氏名を書きながら、「ペン先」が矢鱈に転んで文字の締まりがなくなり往生したのである。ボールペンだったのだ。ペン先のブレーキが効かないことに、つけペンの「逆影響」を見た。外ではうっかり字は書けないと思った。だが、つけペンの味を見直したいま、書き文字に他はもう使えないだろうとも思うのである。江戸の頃のように、墨壺に手前筆を持参するのも悪くない、と、またにんまりするのである。


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