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じゃがいもころんだⅡ №7 [文芸美術の森]

一万円札

              エッセイスト  中村一枝

 新しい一万円札の肖像が渋沢栄一に決まったと聞いたとき思わずへえーと言ってしまった。渋沢栄一は至って遠い存在だが、その子孫との付き合いは長い。今の家を建てるときに夫と二人で表通りをあるいていたときバッタリ出会ったのが渋沢均さん、栄一の長男秀雄氏の息子さんで、夫とは同じテレビ会社の先輩後輩の間がらだった。聞けば見にきた土地は隣り合わせと言う。帰りがけに私は夫にそっと聞いた。「あの人いい人?」「いい人だよ」滅多に人をほめない彼が言った。隣同士に家を建てた。更に私の家の娘と渋沢さんの次女とが4ヶ月違いに生まれて50年以上の時が流れた。
 渋沢家は途中で引っ越したり、學校も違ったのに、娘たちの交流はずっと続いた。夏になると涼しい場所を求めて私も奥さんも夢中で探し回った。最後に見つけたのが八ガ岳のちょっと人里はなれた別荘地だった。渋沢家は日本有数の財閥ではないかと思っていたが、私の知る渋沢さんは全く違う。毎年の夏わたしは娘とお揃いの簡単な子ども服を二枚作って2人に着せるのがとても楽しみだった。ところでわたしの不器用さは大抵の人が知っている。私の作る子供服はウラ地の糸の処理を全くしていないので表は一応見られるが裏は酷いものだった。そんな服でも二人は大喜びだったし、奥さんも何も言わなかったなと今思う。
 オジイちゃまである渋沢秀雄さんとは何度か夏、ご一緒したこともあった。おばあちやまがまた負けんきの強いかわいい人で、勝負事になると負けん気丸出しがまたかわいい人だった。私と奥さんとがホテルや旅館で食事やもてなしにブツブツ言っていても、文句を言ったり機嫌の悪くなるようなことは全くなかった。「でも、ふたりともやかんなのよ」「やかんって?」私がきくと、奥さんがくすくすわらう。車のなかでばばとオジイちゃまとの議論が始まると、二人の興奮は白熱してきてとても車を運転出来る状態ではなくなるそうだ。「やかんに湯気って言うでしょ。頭は二人ともツルツルだしね。」奥さんは面白がっているのか、笑いながらはなした。個性的と言えばとても個性的な人だったが、中に持っている純粋さが普通の奥さんには見られないところにとても惹かれた。大人の文学少女、と言うべきだったか。大人たちの交流以上のこどもたちの付き合いもずっと続いた。  
 渋沢栄一が女好きだったとはあまり聞かない。女性は一人二人ではなく、子供に至っては十二人はいたと言う話を聞いたことがある。隣の奥さんが笑いながら話した。「どの子もみんなうちの子と似ているのよ。遺伝子が強いのかな。」
 長い間には色々のことがあった。喧嘩もしたし、批判もした。でもお互いに理解していた。良い友達を失ってとても寂しい。娘がなくなって今、Eちゃんがいてくれるのが何よりうれしいのだ。隣のご先祖様が一万円札になるなんてあんまりない話にざわついている。

 元々のあわてものであるわたしは、うっかり間違いをおかした。先週の文章の中に四月からしんねんごうに変わると書いてしまった。先走りもいいところである。改めて新年号は五月からと言うことに訂正よさせていただきます。いいこととは早い方がいいという早とちりである。なんでも楽しそうなことは早いに限るといってもね。閣僚だったらすぐ辞任という話である。ごめんなさい。

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