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梟翁夜話(きょうおうやわ) №37 [雑木林の四季]

「ある時代の終焉」

                 翻訳家  島村泰治

激動の昭和を承けて三十年、平成が幕を降ろし令和が舞台に上がる。平成の世、平民皇后の登場で天皇家は様変わりした。連れだって歩まれるご夫妻のご様子に庶民は天皇家をより身近に感じ、跪かれるお姿に先帝にはなかった「象徴天皇」の実像を見た。平成時代は図らずも天皇家の「脱皮」が緒に就いた時代ではなかったか。それは、国史を知る者には皇威落剥の第一歩であり、それを意に介さぬ者には滔々たる民意尊重の兆しが根づくかに思える年月だった。

そう、平成は戦後民主主義が表裏に亘り根づいた時代だ。中央では自民党を軸とする連立政権が常に手綱を握りこの国を御してきたかに見えて、その実態は保守主導の政治風土とはほど遠い。先ずは自民党自体の党内勢力図に左傾化が進み、保守は刻々と色褪せている。保守の旗手たる安倍政権にしてからが、かつて民意を背負って登場した野党政権が唱えて果たせなかった政策を拾い食いしているに過ぎず、今や巷に保守新党への動きさえ見える為体(ていたらく)だ。民意が活性化している証しである。野党諸党の党勢は下降に見えて実はそうではない。本来右よりの政策を自民党の左傾で蚕食されているに過ぎないからだ。

その一切は民意が活性化していることに原因する。昭和から平成へ、民意のベクトルは中道からやや左の微妙な線に収斂した。政党の勢力図で云えば野党の右側、自民主導の連立のやや左側、政治家群像で云えば野党側なら長島、細野、連立側なら額賀、二階止まりの左派が重なり合う辺りが民意に添う政治感覚ということになる。

平成はこのような政治風土の最中(さなか)に終焉する。民意を平均的な世論と捉えれば、日本は将にことを好まぬいいとこ取りの生活哲学に寄りかかる人間たちが、夢の楽園を求めて令和に雪崩れ込む。テレビは文化伝播のメディアとしての機能を失い、哀れ、商売道具に堕するのが眼に見える。メディア本山の新聞にしてもインターネットに実を奪われ凋落の兆しが明らかだ。

割れ鍋に綴じ蓋の摂理は文化にも及んでいる。言葉に無感覚な民意に迎合するものかきが蔓延(はびこ)るなか、名にし負う文学賞の類に既に古の品格はなく、純文学の砦は将に崩落の瀬戸際だ。お笑い芸人の戯れ言に芥川賞とは何ごとぞ。だが、ここで芸人に文学を弄ぶなと迫るのは筋違いだ。それをさせたのは他ならぬ巷の読者、つまり民意だからだ。民意が芸人にペンを握らせたのだから、書くなとは云えない。芸人風情の書きものは読み甲斐がないとする民意が育たなければ、芸人の戯れ言は平成から令和へ、さらに元号を追うごとに増えこそすれ減りはしない。鍋ほどに蓋が育つ摂理だからだ。

さて、そうなれば令和から先、この国は形無しになるではないか。いや、そうとは限らない。割れ鍋の摂理を活かせばこの日本、まだまだ捨てたものではない。民意が分数の分母なら、分母に相当する数字乃至数値の価値をグレードアップすればいいだけのことだ。民意の実態は個々人であり、その思いと行いが直に反映する有機的データだ。ならば、個々人の意識に「よき蓋を求める」思いが僅かにでも根ざせば、ともによりよい鍋を鋳り出すことができる。その鍋をさらによりよいものに鋳り続ければ、やがて誇れるほどの蓋が仕組まれようというものだ。

いま、グローバリズムへの猛省が叫ばれている。平成から令和へ、元号が改まる将にこの機にこそ日本は「国を見直す」べきであろう。民意の視線を外から内へ、日本の本来あるべき姿に改めて見直す千載一遇の機会だ。

世界を一瞥するに、紛争の多くに宗教間の諍いがある。キリスト教とイスラム教のそれは広く深く、そして長く世界の政治経済にまで波及して止まるところを知らない。日本には古来「かんながらのみち(随・惟神)」があり、超宗教的な自然の摂理を法(のり)として奉じてきた。改元の好機に日本は「かんながらのみち」に立ち返らねばならない。日本人の英知を傾けて「われとわが身を省みる」度量を見せねばならない。


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