木漏れ日の下で №21 [雑木林の四季]

王育徳紀念館によせて

           詩人・エッセイスト  近藤明理

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  〈王育徳〉         〈 「呉園」内にある 王育徳紀念館〉

 昨年9月、私の父の人生の足跡を展示する「王育徳紀念館」(台湾では記ではなく紀の字を使います)が台湾台南市にオープンしました。設立してくれたのは父の故郷である台南市で、場所は台南の名園「呉園」の庭の池の畔です。

 父は1949年、25歳の時に、命の危険を避けるために日本に亡命しました。日本に於いて、戦後台湾で行われていた中国国民党による一党独裁政治を批判し、台湾の民主化を求める台湾独立運動を始めたので、ブラックリスト入りし、故郷に帰ることができないまま日本で亡くなりました。
 父の死後、台湾は民主的な国となり、一昨年、台湾人女性、蔡英文さんが総統(大統領)に就任しました。父が台湾を離れてから69年、亡くなってから33年も経ってから、故郷に紀念館を作って迎えられたのには、こういった台湾の歴史が影響しています。
 古今東西、政府から命を狙われ、国外へ脱出せざるを得なくなった事例は幾多あります。例えば、ナチ政権から逃れたユダヤ系の人々、チベットのダライラマ法王、ウイグルのラビア・カーディル女史、最近ではシリアの人々等々。しかし、そういう人の中で、後に故国に紀念館を設けて迎えてもらえる例は非常に珍しいと思われます。

 9月9日の開館式典では、父の作詞作曲した歌「祖国台湾」や父の好きだった日本の唱歌「ふるさと」が歌われ、愛する故郷に迎えられた天国の父の気持ちを想うと涙がとまりませんでした。
 父は生きている間、台湾を離れて日本に暮らしながら、いつでも台湾のよりよい未来のことを思い、できる限りの事を何でも全力で取り組みました。いつも人よりも苦労の多い道を敢えて歩み、陽の当たらぬ道に種を蒔いていました。家族もそういう生き方を当たり前のように思って生きてきたので、顕彰されることに馴れないというのか、身にそぐわないような気がします。
 今年94歳になる母は、父に付いて故郷を離れ、以来約70年を日本で生きてきました。いつも陰で父を支えながら謙虚に歯を食いしばって生きてきたような人なので、自分の夫のための立派な紀念館ができたことが未だに夢のなかの事のように感じているみたいです。 
 実は今も実家の父の書斎を見ると、母も私も寂しい気持ちになります。紀念館に納めるために使い込んだ机や書棚や備品などが運び出されガランとした部屋。父だけが故郷に帰ってしまって、取り残されたような不思議な感覚です。
 それでも実際に、紀念館は設立されてから4か月足らずで、来場者が1万人を越える盛況で、日本からの見学者も多く、台南市のほうでも驚いているようです。

 紀念館の展示室は5部屋に分かれていて、王育徳が手がけた業績についてそれぞれ展示してあります。内容についての説明は長くなりますので、今回はパンフレットに書かれた各部屋のキャッチフレーズのみ御紹介し、今後、数回に分けて詳しくご紹介していこうと思います。

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   王育徳紀念館(パンフレット)題字は羅福全・元駐日大使
  「一生を台湾の夜明けに捧ぐ」

 
第一室 文学青年から多面的活動家へ
第二室 言葉は民族の魂である―台湾語の研究―
第三室 民主と自由を求めて ―台湾独立運動―
第四室 非情の判決を乗り越えて ―台湾人元日本兵補償―
第五室 小さな書斎が大きな世界を開く……

 *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  
〈詩〉      王育徳紀念館  
                                              近藤明理

 父の故郷に
 父の記念館ができる
 生きている間一度も帰ることが許されなかった故郷
 中国人に占領されて弾圧され
 それに抵抗した人々が大量虐殺された台湾
 父の最愛の兄の命も奪われた

 パスポートも持たずに国を出て
 育ての国日本に亡命した父
 大学に入りなおして台湾語を研究する傍ら
 台湾独立運動を展開した
 そのためにブラックリストに載り
 生まれ故郷に帰ることができなくなった

 離れても台湾のことを思わない日はなく
 台湾の歴史書を書き
 台湾人元日本兵士の窮状を助ける活動をし
 自分の全てをかけて
 台湾のために六十一年の人生を生きた

 二十五歳で別れを告げてから
 一度も帰れなかった台南の家
 そこから百メートルしか離れていない名園の中に
 王育徳紀念館は作られる

 父の大好きだった唱歌「故郷」
 志を果たして
 いつの日にか帰らん
 山は青き故郷
 水は清き故郷
 国を出て七十年
 亡くなってから三十三年
 今父の魂は晴れて故郷の土を踏む          
       

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