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梟翁夜話(きょうおうやわ) №30 [雑木林の四季]

「平成暮れなんとす」

                        翻訳家  島村泰治

昭和十年二月の生まれだから、私は明けてほどなく八十四歳になる。昭和で五十四年、平成で三十年、元号が改まってさらに何年かわが馬齢が積み重なることになるのだが、「さて、老梟あと何年生きるか」が周囲では専らの関心事であるらしい。それと云うのも、母は百まであと指二本まで、父に至っては明治から平成の初っぱなまで四つの元号を生き切ったほど、両親の長命を承けて私もと云うことらしいのだが、さて・・・。

平成が暮れなんとするいま、流石に思うところが俄に溢れる。「遠くなりにけり」の明治はとうに遙か彼方、いまわが昭和の後ろ姿が悄然と遠のいている。刻の移ろい、若い頃は他人事だった感慨がいま惻々と迫る。

先日、今上帝が譲位前最後の記者会見に臨まれ、気なしか言葉を詰まらせ、縷々感慨を語られた。お言葉の片々に惹かれて私も、己の過ぎし日に思いを馳せた。

今上帝は私の二歳ほど目上、恐れ多いが下世話なら同じ釜の飯を食った仲間である。幼時を「戦いの中で育った」今上帝の感慨は私も見事に共有している。終戦の詔勅を、今上帝は学童疎開先の某居間で正座して涙ながらに聞かれ、私は母の実家の土が焼けるような庭先で大人たちに混じって裸足で直立して聞いた。あの瞬間から、立場こそ天地ほど違え、ともに戦後の浮き沈みを刻々と分かち合ってきた。

「戦後日本」という時代が育んだ「人格」という意味で、今上帝は「時の人」である。父帝の御代が残した「戦禍」の縛りは、終始一貫今上帝の歩みに見えぬ枷となって絡み、戦勝国仕立て下ろしの「象徴」なる衣を纏(まと)い通すことに精魂を尽くされ、人格としていま「譲位」され衣を脱がれる。

いまにして思えば先帝は、現人神ならずと宣言されながら神の如くであった。皇室の伝統を生きるべく下血の谷を越えて雄々しく御命を全うされた。だが、神ながらの先帝の御遺志は、ついに人格である今上帝には伝わらなかった。伊勢熊野の魂はもはや空虚(ぬけがら)と化した。

無理からぬことだと心あるひとさえ云う。これも戦勝国お仕着せの「憲法」を金科玉条と奉る輩が蝟集する間は、政(まつりごと)に縁なき皇室は所詮象徴の衣が脱げない。況んや伊勢熊野をや。

私は学業はアメリカ、実業は因果と母国に縁の薄い現場を経巡(へめぐ)った。その反動でか、日本文化への憧憬が強く深い。日本史は国史として編み直されるべし、神話に遡る皇室の出自は誇るべき日本文化の淵源たるべしと思う私には、あたかも巷の老夫婦が息子に代を譲る感覚の出来事を近々雲上に見ることは、哀しくも切ないのである。

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