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いつか空が晴れる №50 [雑木林の四季]

   いつか空が晴れる
           -Bach to Africa -

                              澁澤京子

 暮れに、父の元部下のWさんが遊びに来ることになった。96歳の父の部下だから89歳。時折父とは電話でやりとりをしている。二人とも奥さんに先立たれ、娘と暮らしているところも同じなのだ。あるとき何度かWさんは父に電話をかけたが偶々誰も出なかった。
父に何かあったんじゃないかとやきもきするWさん。
「そんなにお父様が心配するのなら、もう一度お電話差し上げてみたら?」とお嬢さんに言われて電話をかけたら父が出た。父の声を聴いて安堵のあまり、思わずWさんは泣き出したのだそうだ。
「そんなにパパのことを心配してくださるんだったら、今度家にお呼びしたらどうかしら?」と私と妹が提案して、Wさんはお嬢さん夫婦に伴われて家に遊びに来ることになった。

ある日の午後、Wさんはお嬢さん夫婦に付き添われてやって来た。脚の悪いWさんは玄関の階段のところで難儀されている、ほとんど歩けない父とWさんにとってWさんの住む湘南と渋谷の距離は日本とアフリカくらい遠いのかもしれない。

「お元気そうで何よりです。」
Wさんは若いときよく家に遊びに来た。相変わらず元気のいい人で、部屋に入ってから椅子に座ったきりの父の手を両手で握って再会を喜ぶ。お爺さんというより、歓びを隠せない無邪気な男の子みたいだ。
Wさんの隣に姿勢よくすっと坐ってるWさんのお嬢さん(と言っても私より年下くらい)はピアノの先生。いかにも音大のピアノ出身という感じの髪の長い女性で、長身で体格のいいご主人はドラマーなのだそうだ。余計な社交辞令なんか一切言わないところがアーティストという感じのお二人。
陽気なWさんと父との思い出話のやりとりを、傍に坐った娘の私たちは静かに聞いていたのであった。

「ジャズ、ロック、歌謡曲、ポップスなんでも。宇崎竜童のバックもやったことあります。」食後のコーヒーを出す頃、音楽の話になるとそれまで無口だったドラマーの御主人の表情が和らいでくつろいだ感じになってきた。
「私はクラシック一本でしょう?ジャズやロックはリズムとるのが難しくって・・」
一方はクラシックピアノといういかにもお嬢さんっぽい感じ。一方はジャズ、ロックと自由な感じのアフロヘアの御主人。容貌もタイプもまったく違うのに、二人はまるで兄妹のように雰囲気がそっくりなのだ。
「よく兄妹ですか?って人から言われるんです・・」
まるでランバレナのBach to Africaみたい、と私はバッハとアフリカ音楽のミックスされた音楽がとてもよく調和していることを話した。
「まあ、そうなんですか!以前、バッハ弾いているとき、リズムで弾けって言われて、そのときはよく意味が分からなかったんです。なるほどね・・・・」

「うちのテラスから海が見えるんですよ。でも最近は高層マンションが建ってしまったので少ししか見えないかしら。」
ひとしきり音楽の話で盛り上がったあとは、湘南の家の話になった。
「パパは海好きよね。」
「今度、みんなで海に行きたいなあ。下田なんかどうだろう・・」
「行きたいけど、僕はこの脚がね・・薬のせいでトイレも近くって。」と困ったように笑う父。
「大丈夫、僕が面倒見ますから。絶対に一緒に行きましょうよ。」と父を励ますWさん。
楽しい時間はあっという間に過ぎて夕方になり、父との別れが名残惜しそうなWさんはお嬢さん夫婦に付き添われて帰っていった。

海の向こうのアフリカから遥か遠くの太鼓が聞こえてくるような、よく晴れた冬の午後だった。

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