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シニア熱血宣言 №83 [雑木林の四季]

八十歳、真夏の夜の夢

                                      映像作家  石神 淳

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                      隼のエンジン(旧中島飛行機)

 寝苦しさに、日の丸と君が代を夢に見る八月。戦いに破れ、国旗と国家を没収された某国に向け、小型原爆を搭載した特攻機で、日本海を飛んでいる夢だ。
 フットバーを操作し離陸位置で一旦停止、両足でフットバーを踏みしめ、スロットルを全開、エンジン音に耳を澄ます。何の違和感があってもいけない。
 武者震いする機体、以心伝心の境地だ。タワーからの許可を得て、フットバー踏んだ踵を床に落とす。抑気の操縦桿に手応えが出るまでは飛行機任せだ。速度計が70mileを過ぎるころ、昇降舵が目覚める。命を得た操縦桿(ワッパ)をジワッと引く。尻の下が何とも云えない浮遊感が突き上げてくる。これが、飛行機野郎の醍醐味だ。フラップを引き上げエンジンの回転数を規定に絞る。湿度が高いと、夏はアイシングを発生しやすいから要注意だ。ここまで来ればもう俺のものだ。空を飛ぶ夢は馬鹿が見ると言われるが、飛行機好きは、80歳になって杖に頼りながら、飛行機の妄想と付き合っている。

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                    復元中の隼(立飛ホールディングス)

 戦争は国と某国が勝手に引き起すもので、その理由はさまざまだが、戦火を交えれば国民が必ず犠牲になる。その昔、レンガを投げ合って戦った、複葉機の戦いから、ロケット砲で相手を狙い撃つ電子戦争にいたるまでの百年。飛行機の進化は、科学の進化の最前線を担ってきた。爆撃機から投下された、広島・長崎の原子爆弾の投下は、最も悲惨きわまりない例で、戦争はこりごりの筈だ。しかし、無人兵器や大量破壊兵器の開発など、地球上から戦争の種が消えない。兵器開発は戦争抑止の為だと先進国は主張するが、弓矢から火縄銃そして電子戦争に至っても、兵器が戦争抑止になった例はない。
   
 しかし今も昔も、飛行機には夢がある。夢があるから飛ぶ夢を見る。しかし宇宙開発は、究極の平和利用だと思わされているが、未来的に一歩間違えれば、羊の皮を脱ぎ捨てかねない。科学の進化は、夢の裏側で、刻々と変貌している。
 敗戦日、ジリジリと照りつけた太陽の下で描いた夢と幻は、あと何年かで燃え尽きるだろう。

 50年も昔の冬のことだが、白馬の尾根を雪雲が覆い隠し、雪が深々と、大町の民宿の茅葺き屋根に降り続けていた。
 あの日、遭難者を捜し、ベルKH4型ヘリで、谷づたいに降下しているとき、危うく材木を切り出すワイヤーの下をくぐり抜けた。気温は、機内の気温はマイナス25℃。両眼を集中していたが、突然、ゴーッと黒い影が襲ってきて頭上を通過した。やっとの思いで、着陸予定地の大町北高校グラウンドの上空に着くと、今度はスロットルが操作できない。やむなく、ローターのピッチをコントロールしながら煙強行着陸した。凍結したワイヤーを支える赤いステーの塗料がはげ落ち、機長の苦闘の跡を残していた。
 九死に一生を得て、その夜、無口な機長の山田盛一さんは饒舌になっていた。
 山田准尉機は1943年8月、アリューシャン列島のアッツ島上空で、米機B24Dを、隼で追撃、右翼の燃料タンクに被弾させた。パラシュートで脱出した乗員を追いすがり射撃した友軍機と基地に帰還後、友軍機(部下)の操縦士を、「貴様、それでも男か」と殴り倒した。
 「男同士の一騎討ちでしたから、人の情けを忘れてはなりません」
 茅葺屋根につもる雪は、音もなく降り続けていた。戦闘機隼のエンジンを瞼に夢に描きながら、熟睡できないまま障子が白んだ。
  毎年、盆の頃ともなると、隼の幻影が脳裏を駆けめぐる。

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                    零戦のプロペラ(河口湖町飛行館)

 この夏は、毎年8月の一カ月間しか公開されない、河口湖の飛行館を訪れた。
 静かに眠る零戦の前で、時の流れの彼方に思いを馳せると、涙腺が緩んできた。
 霊峰冨士の裾野で、いったい、どんな人が飛行館を維持しているのだろうか。実に謎めいた施設であり、今夜も、真夏の夜の夢に誘われるだろう。


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