SSブログ

高畠学 №61 [文化としての「環境日本学」]

グリーン・ニューデイール農業を培え 1

                                 博報堂ディレクター  水口 哲

法制度の力
 有機農業研究会の設立から三四年目の二〇〇七年夏、遠藤さんに話を聞いた。「年をとるとよ、もう体力任せに除草や除虫はできない。手で草を取る、虫を潰すのが有機農業だから、木陰一つないカンカン照りの田んぼに、四つん這いになっての作業はつらい。体力の衰えをカバーする有機農業用の道具や栽培方法が必要なんだが。ところが、日本の役所も企業も、研究開発に目もくれない」。
 〇七年は、有機農業推進法ができた年だった。「これで少しは変わるかな」との遠藤さんのつぶやきを胸に、翌年、創立会員の一人渡部務さんの田んぼを訪ねた。もともとやっていた「合鴨農法」の隣の田んぼでは、「二回代掻き法」が始っていた。最初の代掻きで、土中に残る雑草の種子を発芽させる。それを二回目の代掻きで土中に埋めた後に、田植えを行なう。「合鴨より除草効率がいい」と、渡部務さんが言う。
 法律が出来てから、「農業試験場の〝変わり者〟がちょくちょく来て、種々の農法を教えてくれるようになった。二回代掻法もその一つ」と言う。
 星さんも、法制度の役割に言及する。「草の根だけでは、普及に限界がある。山形県でも、今年度(〇八年)から有機農業基本計画が制定された。公的推進力で、普及が促進される」。

計算して自然をつくる農業へ
 「次の目標は?」との問いに、渡辺格・慶大名誉教授(生命科学)の発言を紹介してくれた。渡辺氏は、二〇年はど前、「農業技術を、生命世界を豊かにすることに使うべきだ。産業とは別に、生物そのものをつくることを仕事として、それを社会が認めるようにならなくては」と言っていたそうだ。
 有機農業の世界で、「東の星寛治、西の宇根豊」と言われることがある。その宇根さんには正に、『「百姓仕事」が自然をつくる』という著書がある。また、「田んぼの恵み調査」
を全国で展開する中で、次のような数字を明らかにした。「田んぼ一〇アールが〝つくる〟生物は、オタマジャクシ二三万匹。ミジンコ三三九五万匹。ユスリ蚊一一二万匹。タイコウチ二二匹。平家ホタル三二匹。タニシ二八七○匹。トビ虫二一万匹。薄葉黄トンボ一一五○二匹。秋アカネ二二一○匹。ヤマカガシ一・九匹」。

グリーン・ニュ-ディールの農業
 温暖化対策と経済対策の一石二鳥策として、昨年秋に発表された「緑の仕事」(国連環境計画、ILOなど)は、「自然をつくる農業」を、有望分野として挙げている。具体的には土作り、節水農業、減農薬栽培、水を回して使う水管理事業、小規模土木、自然再生の仕事などである。それぞれの、投資額と雇用効果も数字で出している。
 日本には、星さんや宇根さん、水俣の吉本さんなど、素晴らしい実践家がいる。彼らは詩人でもあり、感性に訴える能力も高い。国際会議で彼らの活動を紹介すると、膝を乗り出して「英語で送ってくれ」と言われることが多い。つまり、世界に通用する〝コンテンツ〟はある。
 しかし、彼らの活動を計量化し、全国や世界レベルでの政策にくみ上げたうえで、税金や市場メカニズムを使ってダイナミックに展開するところが、国として弱いのではないだろうか。

緑の〝アポロ″計画
 国連・気候変動枠組み条約の締約国会議のバリ会合(COP13、〇七年)で、温暖化の現状把握、将来予測、緩和策、適応策、資金案は、すべて「測定可能、報告可能、検証可能」でなければならない、という決議がされた。
 これを踏まえ欧米では、様々な指標づくり、スキーム作りが猛烈な勢いで行なわれている。気候科学、生態学、工学などの科学者から計量経済学者、人間行動学者、政策担当者までが動員されていて、気候変動の〝アポロ計画〟を思わせる。そうした土台の上に、排出権取引の欧米統一市場やWTO(世界貿易機関)でのCO2関税が、始まろうとしている。
 かつて大航海時代から近代に入る過程で、欧州は、株式会社制度や国有銀行制度を案出し、大規模にお金と人を回す仕組みを作った。それをテコに、豊かな先進地アジア・アフリヵを抜き去った。同時期、幕府は倹約令という精神運動を繰り返していた。
 それから数百年たった現代、〝炭素本位制″、〝生物多様性本位制″という〝異空間″がつくられつつある。歴史は繰り返すのだろうか。
 自由貿易ルールのより一層の貫徹と同時に、炭素や生物多様性のバンキング、ボローイング、オフセット、バジェットなどの経済的仕組みが、欧米主導でつくられ、市場経済にビルトインされつつある。

環境日本学への道
 そうしたなかで、地域の自然・人間関係・文化を守るには、ベースにある地域の自給経済、共同経済の正統性を世界の市場経済のなかに、理論的・実証的に位置づけ、認めさせる作業が必要だと思う。そこでは、欧米と対等に議論できる環境計量経済学が欠かせない。日本の「感じる文化」、東洋の「統合する文化」に加え、欧米の「数える文化」も磨く。それが、自然・人間・文化の三つの環境を育む環境日本学への道ではないだろうか。

『高畠学』 藤原書店
        


nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0