SSブログ

はてしない気圏の夢をはらみ №27 [文化としての「環境日本学」]

遠雷

                               詩人・「地下水」同人  星 寛治

 ふと、
 羊水の海から目ざめると
 窓越しの白い朝に
 シンビジュウムの花がもえ、
 遠雷のように
 歴史の地鳴りが聞こえる

 あの日、
 アラビアの夜を砕いた
 砂漠の嵐。
 朝、瓦礫と化した街並。

 やがて、砂塵が止んで
 さまよう子らの背に
 夕陽が戻ってきた。
 けれど、
 燃えさかる油井の火煙は
 虚無の翼を広げ
 青い惑星を抱いてゆく

 夏、
 はるか東方の
 みづほの国で
 四季の巡りが壊れたように
 ふりしきる雨、
 はてしない雨季の回廊を
 泳いでいる、ぼくたち

 葦を取るぼくの背中が
 ヒリヒリ痛むのは 
 酸(す)の雨にただれたせいか、
 見れば、
 いとしい稲も
 激しい稲熱にもだえている。
 ヒマラヤに黒い雪がふるように
 ぼくの村に硫黄色の雨がふる
 
 あめは
 赤とんぼの羽根も
 きん色の穂波も奪っていった。
 掌にこぼれる
 べっ甲色の粒々も、

 初冬(ふゆ)、
 北を揺がす地鳴りは
 世紀をのし歩いた巨象の
 崩れる音。
 それは、地軸が傾いて
 永久凍土の溶けるように
 白鳥を呼び戻す響きだろうか、
 それとも、
 あらたな混沌の前ぶれなのか、

 遠雷のつたう
 ぼくの村は、
 少し陽が高くなって
 晴着をまとった樹々たちが
 霧氷のイルミネーションを
 点し始めた、
 「ブナはブナでいたい。」
 「ナラはナラでいたい。」
 「りんごはりんごでいたい。」

 里は静かだが
 ゆきに耳をあてると
 ドッ、ドッ、ドッと
 大地の鼓動が聞こえてくる
 やがて春が訪れて、
 いのちの交響曲がひびくのだ。

『果てしない気圏の夢をはらみ』 世羅書房


nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0