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高畠学 №54 [文化としての「環境日本学」]

体的に「精神的辺境生」を生きる意志 2                                                              [“ひと”を育んだ風土] 

                                             西村美紀子 

 交流会で星さんが差入れて下さった高畠のお酒は、美味しかった。ワイン党の私が長年米国で暮らしている間に、日本酒は全く別物に生まれ変わっていた。華やかな芳香と雑味のないやわらかな味わいとさらりとした後味。「これは日本酒ではない」と叫びそうになったのを、危ういところで「夢見心地でいただきました」と、こちらも本音で置き換えると、星さんは「今年もイギリスの鑑評会で入賞が期待されているんです」と、遠慮がちに、誇らしげに、そして本当に嬉しそうにおっしゃった。

 第三の出会いは、最近聞き知った高畠からほど遠からぬ旧宿場町のある清酒蔵の話である。奥羽山脈を見上げる最上川沿いにある一六一五年創業の蔵元。当時まだ二〇代だったその跡継ぎが、酒蔵の総監督であり実際の製造・管理を指揮する杜氏なしに自分で酒造りをするという前代未聞のことをやってのけ、しかも「十四代」というその地酒はそれまでになかった類の旨さと質の高さゆえに全国で評判になり、今では入手困難になるほどの人気だという。東京で醸造学を学び、学生時代に友人と酒を酌み交わしながら「清酒で天下を取る」決意を語り、会社勤務後、故郷に帰ったその人は、熟練の蔵人達の信頼と協力を得て、その頃主流であった「淡麗辛口」ではなく「芳醇旨口」という新潮流を生み出し、それが全国を席巻したというのだ。

 星さんにいただいた日本酒の味はその「芳醇旨口」を彷彿とさせるものだったが、地元とはいえ、その酒の蔵元と、酒造業界に革命を起こした高木顕統という上記の人物との直接の影響関係は分からない。ただ、その革命によって、引退する杜氏の後継者難で苦慮していた全国の中小蔵元の跡取り達が高木氏を目標に自ら酒造りを始め、各地で消えかかっていた清酒蔵の灯が再びともったそうである。

 星さんと高木氏、この二人にいくつかの共通点があるように思えてならない。

 固有の特性と歴史を持ち、住民の地縁的生活空間である、「地域」に根を下ろし、効率的近代農業という時代の流れに逆行して、生命を育む有機農業という農業革命を断行した星さんと高畠町有機農業研究会の皆さん。書物や数知れぬ研究会により幅広い知識を身に付け、技術的経済的諸問題解決の中値性を模索し、中央の動向を批判的に隼握しつつ辺境から世界を透視する目を持ち続ける星さん達の三六年にわたる活動や「耕す教育」は、傍流・異端であったものがいつの間にか中央で尊重される、という逆転の現象を生んだ。
 一方、高木氏は、東京での大学・社会人生活の中で実家の酒蔵を日本地図・世界地図上に位置付けることによって、日本酒という文化の継承と家業の存続・発展のために自分が成すべきことを見出し、その伝統文化の重みゆえに誰も考えつかなかった革命を酒造業界に起こした。「十四代」は全国にファンを持つ本流となり、日本酒文化のさらなる発展の契機ともなった。
 世界を透視する目と、確固たる信念と、絶え間ない努力を超えてこの二人のキーパーソンに共通するのは、「中央/中心」を知識として取り込みながら、そこから一定の距離を置き、己の生きる地域の歴史風土に根を下ろして、自分とそれを含む共同体の未来に向けての決断と選択を行うことができる、主体的な「精神的辺境性」といったものではないかと思う。
 今回の高畠への旅から得たものは、雑多で漠然とはしているが、以下のようなことになろうか。稲作農耕文化の国、日本に生まれた幸福と呪縛を受け入れ、中央の主流に呑み込まれることなく、精神的辺境性を保ちつつ、地縁的生活空間としての地域の伝統文化・風土に根を下ろし、生命に感謝しつつ自然と共生しつつ、常に新しい在り方のカタチを模索しながら生きていく意志の重要性。私の「環境日本学」創成参画の旅は始まったばかりである。
(にしむら・みきこ/地球環境戦略研究機関持続性センター環境人材育成コンソーシアム準備会事務局次長)


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