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はてしない気圏の夢をはらみ №24 [文化としての「環境日本学」]

共生のむらへ

                                      詩人・「地下水」同人  星 寛治

  ふと、目ざめると
  地鳴りのように低く
  時の鼓動が聞こえてくる
  もう、ぽくらの村に帰ろう

  そこはイワンの国のよう
  掌に豆だこの人がいて
  土にまみれ、鍬を打ち
  胸につたう汗が勲章だ

  見れば
  森の泉で若水を汲む
  子らの背中がまぶしい
  雪を頂いた山に向い
  ぼくらは地の声を聞こう

  いま列島は
  地ふぶきにかすんでいるが
  やがて、ぼくらの村に春がくる
  まんさく、辛夷(こぶし)、山桜
  菜の花、れんげ、梅、桜桃
  李、梨、りんご、かりんの花
  せきを切って咲ききそう
  桃源郷の花明り

  広がる水面に早苗がゆれ
  帰ってきた燕の影がよぎる
  子らは湯気の立つ乳を汲み
  産みたての卵を割り
  羊毛を紡いだ服を脱ぐ

  ふと、ぼくのファインダーに
  二重写しに浮かんでくる
  海の向うのおとぎの国
  ペンシルバニア州
  ランカスター郡
  エミッシュ村の物語
  四百年の時空をこえ
  文明の孤島のかたちをして
  新教徒の夢が息づく所

  なだらかな丘に沃土が開け
  育ちゆく作物はみな美しい
  耕すのは人と馬で
  道を走るのは幌馬車だ
  種まく人たちは答える
  「陽の出と共に野良に出て
   陽の沈むまで働くことに
   何のふしぎがあろうか」
  だから地味は肥え
  ゆたかな稔りの波、波、波

  野辺に鐘がひびけば
  古風な主屋で
  ランプの団らんがはずむ
  心を耕やし、時をかみしめ
  暮らしの根を伸ばす
  速度も、変化も、情報も
  エミッシュの幸せとは無縁で
  ゆったりと時が流れ
  この楽園にみちみちる
  人と自然の息づかい

  ふと、われに返った今は
  ぼくらの村に戻ろう
  林立するビルや、電光文字や
  洪水のような物量や、競合いや
  途方もない何かに焦がれ
  虚像に踊る姿を後に
  さあ、美しい村に帰ろう

  胸の窓を開けてみないか
  膏い風が分け入ってくるよ
  あの峰を流れる雲は
  はてしない気圏の夢をはらみ
  澄んだメッセージを伝えてくス
  そう、谷の水音に
  じいっと耳を傾ければ
  深く地の薯が聞こえてくる
    豊饒の地にみちみちる
  いのちの鼓動がひびいてくる

『はてしない気圏の夢をはらみ』 世羅書房


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