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わたしの「居酒屋」幻想 №20 [雑木林の四季]

  ロマ人(ジプシー)のたまり場だった?

                                                         エルベ書店主 多和田栄治

                                               
  まだ冷戦下、東欧圏初の旅先にハンガリーを選んだのは、ヨーロッパではやや南方に位置し、ロシアやポーランドとはちがって、開放的で明るく、なにより食べ物が豊かそうというのが理由の一つであった。
  どこの都市でも中央市場にいけば、市民の食生活がうかがえるし、売り買いの掛けあい、その表情をみるのは実に楽しい。ブタペシュトの巨大な中央市場にはいった途端、赤、黄、緑のあふれんばかりの色彩の野菜や果物の数々、なかでもパプリカ(ハンガリー語、英語ではペッパー)や粉トウガラシなどの品種の多さには目を見張った。(民宿の朝食ではパンとコーヒーに各種生パプリカが出た。)海のないこの国ではほとんどが淡水魚で、魚介類は乏しいが、それを補うように生肉、肉製品は豊富である。
  ドナウ川の夜景を見ながらワインを飲み、いっそ鯉料理を食べようと、それらしい20席足らずの小さなレストランをみつけた。まだ時間が早くて客はわたし一人だった。客が来はじめ、しばらくして来客も店員も顔つきに共通した独特の何かを感じた。これは最後まで確かめる勇気はなかったが、もしかしてロマ人(ジプシー)系が集まる店ではないかと思えてきた。すすめられるままに赤ワインやあれこれ料理をとった。鯉やナマズを煮込んだブイヤベース風、川魚の唐揚げなどで、どれも珍しくもあり美味であった。
  わたしはドナウ川が見える窓際に座ってひとり黙々と飲みかつ食べていたが、ほかの客たちはみんな常連か仲間内らしく言葉を交わしていた。予感が当たったかと感じたのは、そこへヴァイオリンとアコの3人組が来てジプシー音楽を演奏しはじめたときである。明らかにロマ人とみえる3人組が来たこと、聴きいる客たちの挙動やそれからの店内の雰囲気から、そうに違いないと思えた。音楽が一気に同朋意識に火をつける。わたしまで巻き込まれてしまいそうなほど、つぎつぎ奏でられるジプシー音楽に酔っていた。わたしが店を出るまで途中で帰る客は一人もなく、夜おそくまで店は賑わうのだろう。
  酔いが回ってきたようで帰りが心配になり、夜風に吹かれながらドナウ左岸を「くさり橋」まで歩き、トラムで高層住棟が林立する大団地にたどりつき、民宿の玄関を開けることができた。
  蛇足をひとつ。ハンガリー舞曲「チャールダーシュ」の「チャールダ」とは居酒屋を意味する。               
 
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