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はてしない気圏の夢をはらみ №22 [文化としての「環境日本学」]

新アルカディアの寓話

                               詩人・「地下水」同人  星 寛治

  国境のせまいトンネルから
  薄明りがもれている
  見ると苔むした魚板に
  新アルカディア入口とある

  三輌つづきの箱列車は
  汗ふきながら登ってゆく
  スイッチバックをくり返し
  古い親戚を訪ねるしぐさで
  峠の駅々に立寄るのだ

  ふかい峡の回廊をぬけると
  ばっとらんまんの春がひらける
  この山里にあふれる
  めくるめく花明り

  古事を抱いた街に着くと
  きぬずれのさやげに似た会釈
  「ようござったシ、
   ほんとにとおぐから、
   オショウシナ」
  みんな同じ目線で語りかける
  目の湖にあおい森が映るのだ

   ひなびた街はずれから
  直ぐ村みちがつづいている
  桜桃並木の切れ目から
  菜の花、れんげ畑が広がって
  蜜蜂の羽音、蝶の舞い
  昼下りなのに鶏の声、犬の芦
  ふと苗譜の桃源郷を患う

  いい顔をした若者も
  彫りの深いお年寄りも
  すがやかに会釈を交す
  背負い籠に野菜を摘む
  娘たちのふくらはぎに
  陽炎がゆれる

  畑の土は
  かかとが埋るほどに柔かい
  足裏に地の温りが伝わって
  うす紅のりんごの花が散ると
  やがて小さな実を着ける

  麦秋は
  水車がしぶきを上げるときだ
  山裾につづく稲田の絨毯(じゅうたん)も
  ずい分厚みを増したものだ
  朝やけの葉先をおおう
  クモが編んだ銀の皿

  泉のほとりで小屋をとり
  若い夫婦はうなずいた
  「野も山も、空も風も、
   みんな子どもたちの舞台さ」
  葦木供養の石碑(いしぶみ)に背もたれて
  鳥の芦に耳を澄ますふうだ

  明日は森の泉に出かけよう
  みんなで清水を汲み
  あたらしい桃源郷の朝やけに
  身も心も染りたい

『はてしない気圏の夢をはらみ』 世織書房


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