西洋百人一絵 №4 [文芸美術の森]
アンゲラン・カルトン「アヴィニョンのピエタ」
美術ジャーナリスト・美術史学会会員 斎藤陽一
若い頃、初めてルーヴル美術館に行ったとき、かねてから画集や美術書に出ているような美術品の数々が目の前で見られるので、時間を経つのも忘れ、夢中になってルーヴルの展示室を歩きまわったものである。
そんな中で、それまで知らなかった画家の1枚の板絵にとても感銘を受けた。画家の名はアンゲラン・カルトン(1415頃~66年頃)。15世紀中頃に南フランスで制作をしていた画家である。そして、その絵の画題は「アヴィニョンのピエタ」と言う。
この時期、イタリアでは既にルネサンスの花が咲き、新しい芸術が興っていたが、アルプスの北側のフランスやフランドル、ドイツといった地域では、まだ中世末期の美術様式である「ゴシック時代」の中にあった。
ここで急いで申し上げておかなければならないのは、中世ゴシック芸術からルネサンス芸術への移行は、どの地域であれ、“ある日突然変化した”というように歴然と分けられるものではなく、時間の流れの中で、交錯するようにして進行していった、ということである。
ともあれ、アンゲラン・カルトンのこの「アヴィニョンのピエタ」(162×218cm)という絵は、フランスにおけるルネサンスの兆候を示しているだけでなく、作品として、感動させる力を持つものであった。
《ピエタ》とは「慈悲」とか「哀悼」とかいった意味のイタリア語だが、宗教画の図像として使う時には、通例、十字架から降ろされたキリストの遺体を囲んで、聖母マリアが(時には他の何人かの人たちも加わって)嘆き悲しむ図のことを言う。
カルトンのこの「ピエタ」では、何よりも先ず、硬直して弓なりになった青白いキリストの遺体に目を引きつけられる。冷たく、厳しい「死」の現実が提示されている。
そのキリストを膝に載せ、手を合わせながら、苦悩に満ちた表情を見せる聖母は、まさに老いた「悲しみの聖母」そのものである。その左側では、キリストに出会うことによって、それまでの娼婦の生活を悔い改め、最後までキリストについていったマグダラのマリアが悲嘆の涙にくれている。
このような二人の女性の人間的な悲しみの表現とともに、静かに祈りを捧げる使徒ヨハネと白い衣服を着た寄進者の姿とが、見事な対比を見せている。
構図も簡潔にして力強く、画面をひたす光の効果も見事である。
中世末期に登場した、新しい人間表現の息吹を感じさせる宗教画の傑作だと思う。
(図像)アンゲラン・カルトン「アヴィニョンのピエタ」(1460年頃。ルーヴル美術館)
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