四季つれづれ №32 [ことだま五七五]
水尾(みづのお)
俳人・「古志」同人 松本 梓
柚子捥ぐや愛宕に雪の来しといふ 愛宕・・・・あたご
柚子の木の皮剥ぎにくる冬の鹿
獅子柚子の仏頂面を床飾 仏頂面・・・ぶっちょうづら
冬至には少し間のある柚子湯かな
舞ひ上るとき綿虫でありにけり
子の手袋落ちてをりべそかいてをり
あつぱれな一生なりし霜の朝
京都の西北、愛宕山麓、保津川の源流に水尾という柚子の実る山里がある。この地は古くから大宮人の隠棲の地であったようである。清和天皇は二十七歳で陽成天皇に譲位、出家されて修行の旅に出られ最後に水尾に来られた。山美しく水清く、里人の純朴なこの地をいたく気に入られ、ここで一生を終りたいと仰せられた。のち崩御され御遺骨を水尾山上に葬られたのが「水尾山陵」である。柚子山を抜け出た木々の間にひっそりと御陵はあった。
水尾は四十戸あまりの農家が柚子の木を育てている。初冬の柚子捥ぎの最盛期には鋏の音が山のあちこちに響いていた。柚子梯子は自分の体に合わせた手製で、幅狭く踏み込み高く、一度木に上るとつぎつぎ木を移って捥いでゆく。柚子籠がいっぱいになるとトラックで農家の庭に届けられる。蔵に筵を広げた上で柚子の選り分けをするのは女の仕事である。しみ一つ無いもぎ立ての柚子は肌が荒いにもかかわらず黄金色に光っている。葉付きの選りすぐりの実は、京の名ある料亭に納められる特注品という。
時雨寒むで冷えきった体を柚子風呂でほぐす。ふんだんに浮かぶ柚子の香が肌に沁みわたるようだ。その後は「とりすき」で食事。地の野菜が新鮮で味がちがう。満足した。
夕暮が迫り窓から見える柚子山は時雨の霧が這い、柚子の黄色が点点と灯をともすかに見えた。
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