SSブログ

立川陸軍飛行場と日本・アジア №70 [ふるさと立川・多摩・武蔵]

 立川ー大連間定期国際旅客便の準備整う

                                            近代史研究家・高校教師  楢崎茂彌

 芸妓置屋組合のゼネラルストライキ
 北口が小学校の開校に沸いている時、南口では二業地(料理屋・芸妓置屋)で大人の醜い争いが起こっていました。警視庁が立川・中野・池袋・小山に二業地を、闇討ち的に許可したいきさつについては連載NO48「反対を押し切って芸者置屋が許可される」を参考にしてください。
 昭和4(1929)年8月、立川の二業地の料理屋と芸妓置屋ががっぷり四つに組む争議が起きました。「東京日日新聞・府下版」(1929.9.1)は“さても凄まじき哉 ゼネラルストライキ 天晴れ争議気分の立川二業紛擾”と嬉しそうな見出しをつけて報道しています。芸妓置屋側は30日に府中・青梅・五日市・八王子等の同業組合に争議の経過を報告し援助を申し入れました。
 これに対して各組合は“全国芸妓置屋同盟会の規約に基づきここに一斉にゼネラルストライキの挙に出で、如何なる形式によるも立川料理店のお座敷には出ないことを契った。これが為当分はニラミ合いの形になったが、芸妓組合今回の挙に出づるには長い間、現在の二組合幹部に対する反感から三十日、一般料理店に配布した声明書には一幹部の専横外三件の主要項目を大書している。一方料理業者側では今回の挙に対して頗る不純なる事由介在し一部不良分子のために芸妓組合が利用されていると見ているので、このさいあくまで態度を強硬に持して当分持久戦の覚悟を決めたので、この処一朝一夕の解決は至難の有様である”
  監督にあたる府中警察署は不干渉主義で傍観を決めましたが、素人了見で考えると、持久戦になれば芸妓がいなくても成り立つ料理屋が優勢のように思います。
  二業組合幹部を握る料理屋側は3日に、芸妓置屋側に対し今回の挙を無断脱会と扱い、二業組合規約に照らして一名千円ずつの違約金を徴収するとする内容証明郵便を送りつけ芸妓置屋側の降伏を待つ作戦に出ました。これに対して芸妓置屋側は某有力者を後ろ盾にして、籠城の準備を整えたと9月3日の新聞は伝えています。一方で料理屋側は青梅二業組合に手を回して芸妓の応援を依頼したのですが、青梅側は最高幹部会を開いて、断固拒否を決めています。仁義を守ってスト破りを拒否したわけです。
  10日には、いがみ合いを見かねた小川府会議員と府中署山村巡査部長、町会議員代表が調停に乗り出し、料理屋側は無条件で調停依頼をしたのですが、芸妓側が一蹴し、解決の見通しは失われました。府会議員が乗り出して来るのは腑に落ちませんが、立川の紛争の行方はいかに…。記事だけでは争いの内容が今一つつかめませんね。二業地、三業地の記録がどこかに残されていないものでしょうか。

 日本飛行学校唯一の女流飛行士芋畑に不時着、賠償金を支払う
 三等飛行士昇格試験を目前に控えた木登勝代さんが、着陸訓練のためアプロ機(二等飛行士並木米三氏同乗)を操縦し砂川村上空にさしかかった時にエンジンが急停止し、上空100mから砂川五番先の芋畑に不時着しました。頭部を70-1-1.jpg下げて地上に衝突したので機首は畑に突っ込み大破したのだから墜落じゃないかと思いますが、不時着の基準は何でしょうか。東京日日新聞府下版(1929.9.5)は
“唯一の女流飛行士 沈勇を示した両君 別項不時着陸した木登勝代嬢は日本飛行学校唯一の女流飛行士で、近々三等受験の域まで達しているものであるが、学校でもいろいろな意味で嘱目していた練習生だけに不時着陸と聞いて同校小暮主事以下非常に驚き急いで現場に向かったが、幸いに微傷だに負わなかったので大喜び、並木君と共に木登君の沈着を讃えていた”と報じました。
 ところで今まで墜落事故が起こった時に、被害を受けた家や畑の賠償はどうなっているのかが気になっていました。連載NO30「一人留守居をして飛行機に殺された子」で紹介しましたが、7歳のくに子ちゃんの家族には陸軍から慰謝料が払われたようですが、戦前は「国家無責任の原則」によって賠償請求はできません。今回は相手が日本飛行学校なのでどうなるのでしょう。
 この事故の賠償の記録を「砂川村役場文書」の中に発見しました。日付は9月6日なので事故直後にあたります。短いので全文を紹介します。70-1-2.jpg
 “昭和四年九月六日 砂川村長島田角太郎 日本飛行学校 主事小暮武美殿
 貴(株)校飛行機去ル四日本村地内ヘ不時着陸飛行機ニ損傷セラレタル趣ナルモ搭乗員ニ御負傷等無キハ不幸中ノ幸ト察シ奉リ候。御説其ノ際本村内着陸地小作人ニ農作物ノ損傷有リ之為ニ地主ニハ同行セラレ其ノ損害ニ対シ保償云々ニツキ小作者ノ代地主貴殿相方アリ。相当ノ保償方ニツキ当方ニ無条件御委任ノ趣ニツキ当役場吏員ヲシテ損害ノ程度調査セシメタルニ左記程度ガ相当ノ保償ナル旨ニ付キ、何卒御迷惑トハ存ジ候共、至急御遣シ御通知及御照会致也”(一部の解読に不安があります)
 賠償請求額は、桑の木10本分は植え替えの必要があり、植え替えると3年は収穫が無いのでその分が10円、甘藷畑25坪の芋が全滅したのでその収量50貫目分が5円、合計15円です。日本飛行学校は異議を唱えず9月14日に地主・小作人に対する“農作物を損傷せし保償料15円”を砂川村長に支払っています。
 このケースは、たまたま村役場に仲介を依頼したから記録が残った訳ですが、文書のトーンから察すると地主・小作人が直接学校に掛け合って賠償金をとるのは大変だったように思えます。この他の民間機の事故は泣き寝入りだったのでしょうか。因みに当時一杯のコーヒーは10銭前後だったようです(「値段の風俗史」朝日新聞社刊・1981)。すると賠償金はおおよそ6万円です。 

 立川ー大連間定期国際旅客便の準備整う
 この年の7月15日東京・福岡間航路の一番機が立川を飛び立ちました(連載NO66)。既に国際郵便飛行の定期便は6月21日に立川を出て翌日に大連に着いています。いよいよ旅客便の番です。9月2日に行われた大刀洗・蔚山間の試験飛行には福岡日日新聞の脇山記者が同乗しました。最大の難関は朝鮮海峡横断ですから脇山記者も緊張の色を隠せません。

70-1-3.jpg
“万一朝鮮海峡の際不幸にも不時着水の場合、鱶群の襲撃にそなゆるため赤い小布を同乗者に渡し且救命具の用意をなし、また福岡上空にて落下する宣伝用落下傘を用意して、岡部場長より禁止区域そのほかの一般につき注意をなして、斯くして午後二時晴れの試験飛行は飛行場内に銀翼を延べ…午後2時30分離陸”朝鮮海峡を横断すると午後4時26分に無事蔚山に到着しました。
 脇山記者は“今回私は大連に連れられて行く。大刀洗大連間を連絡する旅客飛行の試験飛行に同乗して空の初旅の勇ましい壮途について懐かしい福岡の上空を飛んでいる。ホンノしばしのお別れであるが、狭い日本の空から広い広い亜細亜大陸の大空へと華々しく乗り出す私の心は踊り胸は高まる…”(「福岡日日新聞」1929.9.3)と書き出しました。
 脇山記者の記事はさらに続きます“馬賊の巣窟らしい山々が見える。若しここらで不時着陸でもすれば私らの首はない。万一の為ピストルか短刀をのんでいくがよかろうと国を出る時大刀洗の飛行将校に注意されたり脅かされたりした。私は低空からルーブルの札束でも見せビラかしてやりたい思いがした。窓を見ればいつの間に仕入れて来たのか玩具の百円札束をぱっと撒く茶目坊があって室内は大騒ぎ、下界の海面には水鳥のように小さい黒い小舟が幾艘となく浮かんで居る。一皮むけばたちどころに海賊に早変わりする不逞の輩であろうと言われたとき、遥か上空の機上から爆裂弾でも見舞ってやりたいような心地が頭をかすめていく”
 他国の上空を飛びながら妄想で敵愾心を強めていく様子に、満州事変2年前の雰囲気を感じます。 脇山記者は試乗記に蔚山着陸の様子を次のように書いています
“私達はもう脇目もふらず蔚山飛行場の上空を飛んで居た。飛行機はいささかの疲れも見せず、あの加藤清正が三韓征伐の際十四万敵兵のため悪戦苦闘重囲の中で奮戦したという、蔚山城を三周飛行して傍らの蔚山飛行場二日午後四時二十六分無事到着、茲に朝鮮海峡横断、大刀洗蔚山間二百四十キロ米を一秒の違いもなく一時間五十分で見事に翔破し、旅客輸送日本最初の記録を作った。”三韓征伐か…。
 この日は蔚山に泊まると翌日は京城・平壌を経て機はいよいよ目的地の大連に着陸します。
“「見えた」「見えた」懐かしの大連の姿が、然し空からの大連は福岡と同一である。やがて私達の飛行機は窓や隙間を白布で覆はれ外界が見えないように目隠しされて終った。之は要塞がみえないように目隠しの幕であると佐藤中佐が教えて呉れた。私達はこの目隠しの儘ポッカリ周水子の大連飛行場におろされたのである。迷児にならなければよいがと心配して機上から降りたのが三日午後二時半、ここに私は大刀洗大連間の大空を完全に征服した。この喜びと感激で胸が一杯だ。”(「福岡日日新聞」1929.9.9)
 実飛行時間は7時間40分でした。脇山記者は、帰りは蔚山まで飛行機で来ましたが、大刀洗に飛ぶ定期便は暴風雨のため欠航し、脇山記者は釜山から船で下関に戻りました。9月10日に予定されている旅客国際便第一便は無事飛べるでしょうか。

 写真上 不時着椿事    木登(右)と並木君(左)        「東京日日新聞・府下版」1929.9.5
 写真中 不時着椿事    首を突っ込んだアプロ機        「東京日日新聞・府下版」1929.9.5
 写真下 大刀洗から大連へ 出発前の使用機        「福岡日日新聞」        1929.9.3


nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

トラックバック 0