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地球千鳥足№6 [雑木林の四季]

地球うろつき夫婦が20年も留まったシンシナティ:アライグマに囲まれて  ~アメリカ~   

                          グローバル教育者・エッセイスト  小川彩子

  急に寒くなった昨秋の紅葉は目が醒める鮮やかさで遠景から日に日に押し寄せてきた。緋色、紅色、茜色、黄金色……、楓の枝先は窓からピアノにしな垂れかかり、林の中でピアノを弾いている趣だった。木々の表面は濃く、内側の色調と相俟って立体感を醸し、炎のごとく透明に燃え、時が停止した静寂の中で琴の曲、六段をピアノで弾いていると、ここがアメリカとは思えなくなる。聞いてくれているのは赤い鳥カーディナール、リス、鹿の親子、朝な夕なアライグマも顔をだす。
千鳥足あらいぐま.jpg  アライグマたちが餌をねだりに来出して18年、我が家のデッキの下に棲み、朝晩パンを求めて現れる。利巧だったステファニーが初代、食い意地の張ったバーバラ、その娘のメレッサはおっとりタイプ、その子どもたちも大きくなった。バーバラに子ども5匹を連れて棲みつかれたときは餌はすぐなるし、真夜中にドンジャラホイと騒ぎ立てるし、大変だった。今はひ、ひ孫の代だ。バルコニーの手すりの上で前足を高く上げて頂戴をする芸は祖母伝来だ。バーバラは子どものときから敏捷でずる賢こかった。パンを投げると一切れを食べながらもう一切れは足で抑えて子どもに取られないようにし、子どもが食べているものまで横取りする慾の皮のつっぱった母親だった。浅ましく見えたが親離れする子どもたちに自然界の厳しさを身体で覚えさせていたのだろう。メレッサは食べている子どもたちをじっと見守り、自分が貰った物だけ食べる優しい母だ。与えられるパンをおっ立っちして掴む仕草は可愛いが、我々が不在だといつまでも座って待つ。人間を信じきっているメレッサには哀れさが漂う。
  地球千鳥足の筆者にとっての第二の故郷、シンシナティを紹介させていただこう。地球の一角、シンシナティには予想以上に長逗留してしまった。古き良きアメリカの残るこの地はオハイオ川でケンタッキーと州境を分かつ丘の多い美しい街だ。『レインマン』だけでなく多くの映画が作られた。「住むに適する市」の投票でしばしばトップに躍り出るが、強い経済基盤、安全度、住民の民族的多様性や多くの文化的活動に依拠している。1800年半ばにドイツ人が、続いてアイルランド人が入植した。ミュンヘンの祭りをモデルとしたオクトーバー・フェスト、アイルランドに因む聖パトリック・デーのパレードは大規模で楽しい。シンシナティはアメリカの縮図とも言える多民族・多文化都市で、ケンタッキーの一部と一大商業圏を形成し、P&G、GEの航空機・エンジン部門、Krogerなど多くの企業が本部を置いているが、トヨタを始め日本の企業も多く進出している。歴史的な建造物も豊富に残し、劇場、ギャラリー、シンフォニー等の文化遺産と産業の繁栄、市民生活との調和が見事だ。岐阜と姉妹都市である。大学は州立シンシナティ大学や私立ザヴィエル大学等、多い。筆者はここ数年シンシナティ大学の一カレッジで日本文化と日本語を教えてきたが、学生はやる気満々、この仕事にストレスが全くない。日本文化の講座では今まで日本の教育制度、諺、俳句&川柳、習字、日本文学や童話、神道と日本人の宗教意識、音楽(琴&ピアノの演奏及び童謡や抒情歌)、アニメの歴史と哲学、日本映画、茶道、華道、食文化、等を教えてきた。実演の必要なものや映画は日本人ネットワークで協力を得ている。
 四月、蜻蛉の羽のような新緑が出てから十一月上旬に紅葉が燃え尽きるまでなんと美しい街だろうと思い続ける。蛍が多く六月から九月初旬まで舞い上がる。カラフルで明るいバルコニーで食事をする時、夕餉のワインに円舞しながら落ちてくる鮮やかな紅葉はムードを盛り上げてくれる。燃え盛った紅葉がシャワーとなって降りしきる。蜘蛛の糸にかかり空中に身を晒す枯葉、緑色を十分残しつつ突風に捥がれた葉、適所に落ち若木のための腐葉土になる葉、等、落ち葉の運命は人の命の果て方と重なる。落葉を運びつつ思う。ツムジ風で若い命が奪われることも地面が若い骸で覆われることもあってはならないと。
 シンシナティの紅葉の下、目の前にはらはらと命の終わりを感じつつ六段を弾く。自身が自然の一部と化した不思議なひと時を愛でながら。。(アメリカ、Angle Press. Inc. 発行、Weekly Jangle 第79回、「地球うろつき夫婦が20年も留まったシンシナティ:アライグマに囲まれて ~アメリカ~」に修正を加えたもの)                              写真は 我が家のデッキに毎朝やってきたアライグマの親子 
 

 


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