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サンパウロの街角から№1 [アーカイブ]

サンパウロの恋の風景

                      ブラジル サンパウロ・エッセイスト ケネス・リー

  文化習慣の違いは要の東西の東と西とでこんなに違うものかと驚き、目を疑ったのはブラジルについてまもないことであった。

 その頃といっても1960年代のことである。サンパウロ市に高層ビルが林立しているのは市中心街くらいで、離れた住宅街はほとんどが一戸建ての住宅である。潅木を低く切った生垣は機の枝が横に伸びて1米くらいの幅はあるが、一寸コソ泥が乗り越えられるものじゃない。中には美しい模様をかたどった鉄柵がある、概して低く、前庭の花壇や家がよく見える。夕方には玄関の灯がともる。それらを眺めて散歩するだけでも楽しい。

  夕食後その界隈を散歩してときどきみかけるのは年頃の娘が垣根の内側に、男の子が外側に立って、睦ましげにおしゃべりしている。互いに手をみつめる。家族が見ているので抱擁はできない。だが美しいロマンチックな風景である。

 冬の夜だと寒いだろうと、余計な心配をする。

 家の中に招き入れたらよさそうなと思う。

 だが恋愛中は親が許さないのだそうだ。

 家の中に入れるのはフィアンサ(婚約者)になってからかなう。

 時々窓から親が鋭い目で監視する。

 門限は10時ごろまでと厳しい。

 一晩中そうしてボソボソ途切れることなくおしゃべりをしている。

 そんなに話をするタネがあるのかと思う。

 「今朝7時に起きた。歯を磨いて、顔を洗って、カフェー(朝食のこと)をとったら猫が寄ってきてニャーとなく。ミルクを少しこぼしてやったらペロペロなめるじゃないか」

 「ホホ」

 「それからかばんを取って学校に行った。」・・・

 「ホラ、今夜は月が出ている、ホレ、あの星は美しく輝いているだろう!・・・」と朝起きたことからのべつに話さなかったら、とても一晩のおしゃべりはできまい。時間が来たら、窓越しに「もう家の中に入る時間だよ」と声がかかる。「はいー」「あす又来るよ」「ウン」頬にキスをして「チャウー・ボア・ノイテ(さよなら、おやすみ)」と別れを告げて若者は去っていく。

  婚約には若者が娘の両親に求婚を申しいれる。それには口頭試験があって、家族のこと、職業、収入などが問われる。皇太子殿下じゃないが「お嬢様は身と賭して守ります。必ず幸福にします」と誓うくらい、ハッタリかけねばパスはするまい。もっとも、毎晩垣根越しに「今朝7時におきて」としか会話のない男に娘をやっちゃいけないと思うが。

  試験にパスしたら婚約式を挙げて、それからは家の中に入れてもらえる。だが二人きりになることはない。家のだれかが必ず傍にいる。ソファーに座って軽く肩を抱いたり、軽いキスは許される。

  勿論これは40数年前のブラジルの一般中流家庭のことである。いまどきは「今夜は少し遅くなるよ」と告げてサッサと家を出るだろう。一戸建ての住宅は大方取り壊されて高層マンションに変わった。残った住宅は3メートル以上のレンガ塀、家によっては防犯カメラに高圧電流を流した電線を張りめぐらせている。

  居住文化の進歩は住宅と監獄の差を取り除いたかと思われる。曰く、「良民はうち、強盗は外」。かってはサンパウロ市内で足早に歩く人はいなかった。街のなかを走っているのはスリくらいだった。込んだバスはやりすごして次を待つ。三年ブラジルに住んだら、ほかの国では使えないといわれるほどノンビリしていた。だが今は先進国並みになって忙しくなった。昔のよき時代はもうもどってこないだろう。あのロマンチックな(?)垣根越しの恋のつぶやきの風景は古典文学の中にしか残っていない。


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