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郷愁の詩人与謝蕪村 №25 [ことだま五七五]

秋の部 2 

             詩人  萩原朔太郎


おのが身の闇(やみ)より吠(ほ)えて夜半(よわ)の秋

  黒犬の絵に讃(さん)して咏(よ)んだ句である。闇夜(やみよ)に吠える黒犬は、自分が吠えているのか、闇夜の宇宙が吠えているのか、主客の認識実体が解らない。ともあれ蕭条(しょうじょう)たる秋の夜半に、長く悲しく寂しみながら、物におびえて吠え叫ぶ犬の心は、それ自ら宇宙の秋の心であり、孤独に耐え得ぬ、人間蕪村の傷ましい心なのであろう。彼の別の句

愚ぐに耐えよと窓を暗くす竹の雪

 もこれとやや同想であり、生活の不遇から多少ニヒリスチックになった、悲壮な自嘲的(じちょうてき)感慨を汲(く)むべきである。

冬近し時雨(しぐれ)の雲も此所(ここ)よりぞ

 洛東(らくとう)に芭蕉庵を訪ねた時の句である。蕪村は芭蕉を崇拝し、自分の墓地さえも芭蕉の墓と並べさせたほどであった。その崇拝する芭蕉の庵(いおり)を、初めて親しく訪ねた日は、おそらく感激無量であったろう。既に年経て、古く物さびた庵の中には、今もなお故人の霊がいて、あの寂しい風流の道を楽しみ、静かな瞑想(めいそう)に耽(ふけ)っているように見えたか知れない。「冬近し」という切迫した語調に始まるこの句の影には、芭蕉に対する無限の思慕と哀悼(あいとう)の情が含まれており、同時にまた芭蕉庵の物寂(ものさび)た風情が、よく景象的に描き尽つくされている。さすがに蕪村は、芭蕉俳句の本質を理解しており、その「風流」とその「情緒」とを、完全に表現し得たのであった。

『郷愁の詩人与謝蕪村』 青空文庫


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