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武州砂川天主堂 №39 [文芸美術の森]

第十章 明治22年~明治24年 5

          作家  鈴木茂夫

「収支計画の内容について二、三質問してもいいですか」
「どうぞ」
「収入の部で毎月の寄付金が百三十円となっているが、これほど多額の寄付金が入るようになっているのですか」
「これだけの金額が間違いなく入金されるかどうかは、はじまってみないと分かりません。しかし、これだけの金額は、病院を運営していくのにどうしても必要なのです」
「それはまたなぜ」
「支出の部を見て頂くと、ハンセン病患者の薬品代として九十円を計上しています。これには、食費と薬価が含まれています。入院患者一名につき、一ケ月の食費は二円五十銭より安くはできません。これに薬代二円を加えると「人あたり四円五十銭が必要です。二十人の患者を受け入れると総計で九十円となります。もちろん、入院患者から入院料を徴収することも必要です。しかし、ほとんどの患者は、家族にすら見捨てられて、私たちのもとに来たのです。ですから、入院料の支払いなどは考えられないのです。これがハンセン病患者以外の患者を扱う病院であれば、月間の予算は五十円以下ですみます。つまりハンセン病患者専門の私立病院であることから、こうした経費の内容となっているのです」
「神父さん、病院開設にたどり着くまでも、容易なことではなかったが、病院の運営は、それにもましてむずかしいようだ。どうか元気を出して頑張って下さい。書類はこれで結構です」


五月十六日、駿東郡役所。

 二学第五四八号ノ三
 願ノ趣聞届ク
 但シ院長等医術開業ノ儀ハ明治十七年正本県甲第七十八号一拠り更二届出可シ
 明治二十二年五月十六日
 静岡県駿東郡長 河目俊宗 印

病院開設の許可はおりた。


六月二十八日、駿東郡富士岡村・神山復生病院にて。オズーフ司教宛の報告書。

 日本北緯教会教皇代理司教アルシノエノ司教
 オズーフ閣下

 ハンセン病病院ヲ設立ショウトスル私ノ計画ヲゴ承認頂イタ日力ラ、早クモ十八ケ月ヲ経過イタシマシク。神様ノオ導キト摂理ニヨリ喜バシイ結果トナッテマイリマシクコトヲゴ報告サセテ頸キマス。
マズ病院敷地ノ確保ニッイテデアリマス。コレハ当初予定シテオリマシク地主トノ交渉ガ不調トナリ、困リ果テテオリマシタ。トコロガ偶然ニ、七千坪ノ所有地ヲ売却シタイトイウ人物ガ現レ、コノ人ト売買契約ヲ交ワスコトガデキマシク。
ツギニ事業資金ニッイテデアリマス。私ハ、内外ノ慈善家二募金ヲオオ願イイクシマシタ。募金ハ多クノ人タチノ共感ヲ呼ンダノデアリマス。
次ニコノ事業ノ繁姦ヲ報告イタシマス。

収入の部
室教会宣教師     七十円
日本在留外国人     三百奈々十八円
日本人              三十三円七十一銭
中国                  五千円
ベトナム              五円
チベット              二十五円
オーストラリア        十八円五十銭
マレーシア            三十円
ベルギー              三百十一円五十銭
イギリス              百三十円
フランス              百十三円二十五銭
総計                  千百六十五円九十八銭

支出の部
薬価                  百二十円六十九銭
旅費                  十一円五十三銭
仮家具代              二十二円七十六銭
埋葬費                五円八十六銭
看護人給料            二十五円
翻訳・印刷費          六円二十六銭
雑費                  七円四十六銭
土地購買費            三百五十円
諸建築費              六百十三円十五銭
(残余現金)          一円七十三銭
総計                  千百六十五円九十八銭

募金二応ジラレタ数多クノ人ノ厚意ガアッタカラコソ、病院ハ実現シタノデアリマス。タダ病院ガデキクコトデ、事業ガ終ワルノデハアリマセン。病院ヲ維持運営スル仕事ガハジマルノデス。ソレニハ毎月百円、年間ニシテ一千二百円ノ費用ガ必要ト見込マレマス。コノ費用ヲ確保スルタノ努力ガ求メラレルノデス。
私ノ事業ハ未ダ微少ナモノデ、種子ヲ播イタバカリデアリマス。神様ニコレヲ成長サセテイタダクナラ、大キナ樹木二育ツデアリマショウ。
         閣下ノ従順ナル僕 ジェルマン・レジェ・テストヴイド


『武州砂川天主堂』 同時代社


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