SSブログ

武州砂川天主堂 №38 [文芸美術の森]

第十章 明治二十・二十二年 5

         作家  鈴木茂夫

 三人にとってこの日に到る道筋は決して平坦ではなかった。
 いくつもの思い出がよみがえる。
 玉川上水の通船が中止になって以後、多摩と東京を結ぶ何かが必要だった。水運がだめなら、陸運しかないと馬車鉄道の企画が持ち上がった。甲武馬車鉄道を設立、その路線をめぐって計画が一転二転、明治十九年、新宿・八王子間の路線の敷設許可が下りた。その時、新宿・青梅を蒸気鉄道で結ぶ武甲鉄道(ぶこうてつどう)が設立を願い出たのだ。競願(きょうがん)である。
 甲武馬車鉄道は、大隈重信に事態打開に乗り出して欲しいと懇請した。甲武馬車鉄道は、足元をすくわれる危機感を抱いて、急遽、路線計画を馬車鉄道を蒸気鉄道に切り替え、甲武鉄道として設立を出願。当局は、両社が合同するという条件で、蒸気鉄道の敷設を認可した。
 ところが、新たに武蔵鉄道が出現、八王子・川崎間を蒸気鉄道で結ぶという。この処理をめぐって、内務大臣山県有朋が、甲武鉄道の計画を採択。明治二十年三月三十一日、開業許可を与えた。経済性と効率から立川・新宿をつなぐ一直線の路線とした。
 また鉄道当局は、甲武鉄道を、当時日本の幹線鉄道を保有する日本鉄道会社の一支線として運用することを求めた。
 この鉄道敷設の主体が、どの企業となるかをめぐって甲武鉄道の株価は変動、鉄道の将来性を見込んだ事業家の雨宮敬次郎が、資本金額面六十万円のうちの七千六百株、三十八万円を取得、筆頭株主となった。そして田村半十郎は五千二百三十八株、二十六万一千九百円、指田茂十郎が六百十一株、三万五百五拾円、砂川源五右衛門が八百五十六株、四万二千八百円を保有、多摩地域の豪農として参画していた。
 鉄道建設のさなか、立川駅の位置をどこにするかが問題となり、砂川源五右衛門は積極的に砂川村に誘致した。そのため、駅舎の正面は砂川村の位置する北側に設けられている。
 甲武鉄道は、その収入源を一般乗客のほか、沿線に小金井の桜の名所などへの観光客を見込んだ。そして東京への貨物にも期待している。
 田村半十郎が、
「砂川さん、これで村が活気づくだろうな」
「上水に船を走らせた時は、俺の村では、野菜作りに精出したもんだよ。今度は、どんな物が東京へ送り出される楽しみなことだ」
 指田茂十郎が、領いた後、
「それもそうだが、東京から多摩に何が流れ込んでくるのか、それも考えなくちゃならない」
 砂川がぽんと手を叩いて、
 「どっちにしても、きょうはめでたい。どうだい、新宿で祝いの昼飯としようじゃないか」
「多摩の新時代のはじまりだね」
 汽車は、大久保駅を過ぎ、ほどなく終点・新宿駅に達する。
四月二十九日、駿東郡役所。
 ジェルマンは、病院幹事をつとめる伯部豊蔵と共に、駿東郡役所を訪ねた。
 「テストヴィド神父さん、さまざまな苦労をされたね。書類は持ってきましたか」
 郡長の河目俊宗(かわめとしむね)がにこやかに迎えてくれる。
 「郡長さん、役所は私たちに、温かい好意を示して下さいました。ありがとうございます。病院の建物も完成し、医師を迎え、医療器具もそろいました。患者も受け入れられます」
 「それは結構なことです。駿東郡に特色のある病院ができるのは、うれしいことです。それにしても、私の前任者の竹内さんは、仕事の引き継ぎの際、私にあなたの人柄と熱意を話してくれ、病院設立の許可を滞りなく出してやって欲しいと申された。その時に聞いたのだが、神父さんと竹内さんは、不思議な因縁で結ばれているとか」
 「そうなんです。竹内さんは、私の仕事を助けてくれました。感謝の気持ちでいっぱいです」
 「それでは願書を見せて下さい」

私立病院設立願
 私立病院位置
 静岡県駿東郡富士岡村神山一千九百十二番地私立復生病院ト称ス
一、院則
 当院ハ東京起療病院ト特約ヲ結ビ内外慈善ノ寄付金ヲ以テ貧困ノハンセン病患者ノ治療ヲ専門トス故二該患者二限り時間二係ラズ診察施療シ薬価ヲ徴収セズト錐モハンセン病患者外ノ患者ハ左ノ規則二俵ル
 診療時間
 毎日午前八時ヨリ午後二時マデトス
 薬価
 内服薬一日分 金四銭五原
 兼用薬一日分 金三銭五厘
 以上十歳未満ノ者ハ半額
 施術料
 施術料ハ其術ノ大小ト難易トニ依り之ヲ定ム
 診察料
 往診料ハ里程半里以上一里以内ハ金十銭以上一里毎二金十銭ヲ増ス
一、院長
院長 金子周輔
 当直医ハ迫テ聴雇ノ見込
一、院長以下医員給料
 院長 月俸 金三十五円
一、病院経費一ケ月分予算額
     内
金百三十九円六十銭  収入予算
金百三十円      内外慈善者寄付金
金九円六十銭         ハンセン病患者以外患者薬価
金百三十九円六十銭 支出予算
     内
金三十円       院長以下委員給料
金四円                 薬剤生見習給料
金二円五十銭          看護人給料
金一円五十銭          小使給料
金六円六十銭          薪炭油費
金一円                  需要品代
金一円                  修繕費
金五十銭               器械費
金九十円               ハンセン病患者薬品代
金二円                 ハンセン病患者以外薬品代

明治二十二年四月二十九日
                                                   静岡県駿東郡富士岡村神山百九番地乙寄留
                   復生病院幹事 伯部豊蔵
   東郡長 河日俊宗殿 

[武州砂川天主堂』 同時代社



nice!(1)  コメント(0) 

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。