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西洋美術研究者が語る「日本美術は面白い」 №114 [文芸美術の森]

                 奇想と反骨の絵師・歌川国芳
           美術ジャーナリスト 斎藤陽一

    第9回 「パノラマ大画面の武者絵」その1

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≪巨大な骸骨が襲いかかる≫

 大判サイズの紙を3枚つなげて、三枚続きの大きな画面に仕立て上げるという趣向は、それまでの役者絵や美人画の世界にはあったのですが、その場合、一枚だけ切り離しても鑑賞できるような工夫がなされていました。
 ところが国芳は、三枚続きの全部を使ってワイドなパノラマ画面とし、そこに「武者絵」を描くということをやり出しました。弘化期(国芳50歳)頃から、このような大胆なワイドスクリーンの構図が増えてきます。

 上図は、山東京伝の読み本『善知(うとう)安方忠義伝』にもとづいて歌川国芳が制作した三枚続きの錦絵「相馬の古内裏」。
 平将門が滅びたあと、その遺児の滝夜叉姫は、廃墟となった古内裏を巣窟として徒党を集め、亡父将門の遺志を継いで謀反を企てる。しかし、源頼信の家臣で武勇の誉高い大宅太郎光国によって、滝夜叉姫の陰謀はくじかれるという話です。

 山東京伝の読本では、大宅太郎光国の前に数百の骸骨が現れるという場面ですが、国芳はこれを巨大な骸骨に置き換え、それが光圀に襲いかかろうとする画面にしています。
左では、滝夜叉姫が妖怪を操っている。読本の設定では、大宅光国と滝夜叉姫の遭遇の場面と、骸骨たちの出現場面とでは、時間が異なるのですが、国芳はここで一つの場面に創り上げ、物語性を高めています。

114-2.jpg 国芳描く骸骨は、解剖学的にも正確なものとされています。国芳は、手もとにたくさんの西洋の図版を所蔵しており、日頃、熱心に研究していたという。その努力の成果が出ています。

 それに加えて、構図的にも、太郎光国をにらみ据えながら襲いかかろうとする巨大な骸骨には、ダイナミックな動きが表現されています。画面を斜めに走る破れた御簾(みす)も、画面に流れを生み出して効果的。まことに大胆な発想と構図ですね。

 この形式の錦絵には、三枚続きのワイドな画面全部を思い切り使って「見世物的スペクタル」を演出するという国芳の才能が示されています。

≪宮本武蔵の鯨退治≫

 下図も、大判サイズの紙を3枚つなぎ合わせたワイドなスペースを生かして、巨大な鯨を退治する宮本武蔵を描いた錦絵。これこそ、三つに分断することが不可能な、3枚でひとつのパノラマ画面です。
 画面の隅々まで効果的に使い、波しぶきをあげてのたうち回る巨大な鯨のエネルギーを迫力満点に表現している。江戸っ子たちの度肝を抜いたことでしょうね。

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 鯨の背中に乗って剣を突き立てている宮本武蔵は小さく描かれる。あまりに凄い鯨の迫力に、見る者は武蔵のことを忘れてしまうほど・・・これがまた国芳のねらいでしょう。

114-4.jpg ところが鯨の顔をクローズアップで見ると、笑いながら悠々と泳いでいるようにも見える。なんと、鯨の口が赤い紐に変身し、その端が豆絞り模様の手ぬぐいを縛っているので、まるで首に赤いリボンでもつけているかのよう。どことなくユーモラスで、国芳の遊び心が感じられます。

 鯨の身体全体に見られる白い点々は、どうやら牡蠣殻のようです。というのは、研究者によれば、国芳は、この鯨を描くにあたって、先行する出版物のいくつかの図版を見たらしく、そこには身体に牡蠣殻のついた鯨が描かれていたというのです。
 いかにも国芳らしい旺盛な研究心ですが、とは言え、暴れまわる鯨の躍動感と、せり上がる大波がつくり出す緊迫感ある構図は、まさに国芳ならではの独創的な絵画世界となっています。

 次回も、歌川国芳の大判三枚続きのパノラマ画面を紹介します。
(次号に続く)


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