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日本の原風景を読む №50 [文化としての「環境日本学」]

蘇る宮沢賢治-花巻 2

  早稲田大学名誉教授・早稲田環境塾塾長  原 剛
 
宗教と科学へ — 井上ひさしの戒め

 二〇一四年三月、花巻・遠野への合宿に備え、早稲田環境塾は石井正己東京学芸大教授に、『遠野物語』と『銀河鉄道』からのメッセージ、を課題に講義をしていただいた。
 石井教授は、『銀河鉄道の夜』と『遠野物語』の両方を見据えられたただ一人の人は井上ひさしである、彼は柳田園男、宮沢賢治の両方を見ながら、それを評価しながら超えていこうとした唯一の人物であろうと指摘し、次のように述べた。
 ― 一九八〇年に彼は『イーハトーボの劇列車』という戯曲を書きます。これは宮沢賢治を主人公にしたものですが、その中で宮沢賢治を非常に愛読してきた、ただ愛読し賞賛するだけではない、宮沢賢治との格闘というのが出てくるわけです。たとえば前口上でこんなことを言っています。
 「これからの人間はこうであるべきだという手本、その見本の一つが宮沢賢治である気がしてなりません。必要以上に賢治を持ち上げるのは避けなければなりませんが、どうしてもそんな気がしてならないのです」。
 「科学も宗教も労働も芸能もみんな大切なもの。けれどもそれらをそれぞれが手分けして受け持つのではなんにもならない。一人がこれらの四者を自分という小宇宙の中で競い合わせることが重要だ。賢治全集に勝手気ままに補助線を引いて彼の思い残したことを私なりに受け継ぐなら右のようなことになるのではないかと思います。つまり宮沢賢治を持ちあげるとか賞賛するということだけではなくて、賢治は三十代で亡くなりますから、賢治が思い残したもの、それこそ受け取るべきものだ。この作品の中では、死んでいった人が渡す思い残し切符というのが出てきます。まさにその切符を受け取る必要があるだろうと、そう言うのですね。あらゆる意味で、できるだけ自給自足せよ、それがあって初めて他と共生できるのだよ、そうしないと、科学が、宗教が、労働が、あるいは芸能が独走して、ひどいことになってしまうよ。賢治がそう言っているように思えて仕方ありません」。
 宗教が独走してしまうとオウム事件みたいなものが起きるでしょう。科学が神話になって独走してしまえば、原発事故のようなものも起こるでしょう。ある種の共生といったものの難しさを、井上さんは賢治の中から嗅ぎとっているんですね。

諮り継ぐ文化としての風寮

 風景、文化はどのように継承されていくのだろうか。
 賢治が教壇に立った県立花巻農業高校の広々とした芝生の構内に、賢治の旧居(羅須他人協会)が移設され、多くの訪問者を迎えている。賢治が作詞した「花巻農学校精神歌」の一節、「ワレラヒカリノ ミチヲフム」と大書された看板が架かる木造二階建ての校舎から、多くの生徒たちがスケッチブックを手に、賢治の旧居と傍らの賢治立像の写生に向かう。歩む路傍に賢治の詩の一節を刻んだ石碑が。

 われらに要するものは
 銀河を包む透明な意志
 巨きな力と熱である……

 卒業生の多くは岩手大学農学部へ進学する。

 岩手大学(盛岡市、藤井克己学長)の卒業式が二〇二二年三月二十二日、同市の県民会館で行われた。四学部計二三五人が学生生活の財産を胸に、自身に与えられる使命を全うすることを誓った。
 卒業生、保護者ら約二二〇〇人が出席、藤井学長は各学部代表に学位記を渡し、「本学ゆかりの宮沢賢治は〝祈る″だけでなく、修めた農学を『みんなの本当の幸い』のために〝実践″した」と紹介。「学びや活動、経験の全てが人生の糧となり、花開くことを信じる」と激励した。
 四月から農水省に勤務する農学部の五日市真里衣さんは卒業生を代表し、「農村振興を仕事に選び、海水にまみれた農地を実りの大地へと蘇生するのも自分の使命。賢治先生の、幸福とは何かといった問いに自分らしく答えていきたい」 と述べた (『岩手日報』二〇一三年三月二十三日)。
 ちなみに花巻市内の小中高校には、賢治のいしぶみ(碑文)が多く見られる。「虔十公園林」(桜台小学校)、「農民芸術概論」(花巻中学校)、「ポラーノの広場」(花巻北高校)、「農民芸術概論」(花巻農業高校)、「花巻農学校精神歌」(花巻農業高校)。岩手県内では岩手医大、雫石高校、黒沢尻高校に賢治の詩文を記した石碑がある。
 内陸の民話の里遠野の県立遠野高校の庭に卒業生たちが建てた石碑がある。

 世界に対する大いなる希望をまず起こせ
 強く正しく生活せよ
 苦難を避けず直進せよ     (宮沢賢治『農民芸術論』より)

文化としての風景が鮮やかに伝えられている光景である。

『日本の「原風景」を読む~危機の時代に』 藤原書店


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