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梟翁夜話 №100 [雑木林の四季]

「ジンジャーエールと風車《かざぐるま》」

        翻訳家  島村泰治 

ジンジャーエールを私は好んで飲む。夏になると他のなにやらは退けてこれを嗜《たしな》む。生来の生姜好きもあるのだが、他の気泡系の飲み物にない喉越しの刺激が堪らないからだ。コーラ類の人造感がなく、余計な甘味がないのも気に入ってをり、瓶のサイズの手頃感もいい。だから、夏が近づくやわが庵には定期にジンジャーエールが届く。それを数本づつ冷蔵庫に移して、暑気に応じて飲む。ときには日に二本飲むこともあるから、知らぬうちに空瓶が溜まる理屈だ。

わが菜園は子猫の額ほどだから、作物とて初夏の馬鈴薯のほかほとんど葉菜で、好みの玉葱が植え込まれる十一月までは小物が入れ替わり立ち代わり育つ。堆肥中心の有機環境だから畑はミミズたちの楽園で、それを狙ってモグラが蔓延《はびこ》る。モグラ盛りには子猫の額に土盛りが群れる。騙されて電池式のモグラ退治器なる代物を仕掛けたこともあったが、嘯《うそぶ》くかモグラたちは楽々とそれを掻い潜る。穴に水を流し込んでもみたが、連中はいとも簡単にバイパスする。ひと夏、モグラ退治に世間並みの智慧を傾けたがすべて挫折、見事にモグラに凱歌が上がった。

たかがモグラされどモグラとか、モグラ如きに舐められてなるものか、と、モノの本を漁って退治法をまともに研究してある思案に達した。モグラなる生き物は音に敏感だと云ふ。弱い視力を鋭い聴覚で補ふと云ふ。鋭い聴覚とな?ならば、とひと工夫して音の出る風車《かざぐるま》を畑に植ゑこむと云ふ妙案に至った。

飲み後のジンジャーエールの空瓶(ペットボトル)が思ひ浮かぶ。空瓶を活かせまいか、音の出るやうに仕掛けることはできまいか、と考へ込む。早速に試作に入る。音の出る仕掛けは小粒の何かを空洞に放り込めばいい。粒次第で風車の回転が格好な刺激音を生むはずだ。風車のボディーそのものが空洞にならうから、羽根部分を切り出した残部そのままがさうなるように仕組めばいい。

ジンジャーエールは気泡性だから、瓶の素材が厚手で細工がし易く出来合ひが丈夫だ。ボディーを二分して羽根を切り出し、キャップ付き部分を差しこんでみて思わず喝采をする。ちょっと力を込めて捻じ込めば格好な抵抗を越えてぴたりと合体するではないか。風車の耐久性を考へて僅かな接着剤を塗布して、堅牢なプラスチック風車が完成した。

この風車が畑に群れ立ち、不協和音を鳴らす様を想像する。それと知って立ち竦《すく》むモグラたちの姿が眼に浮かぶ。おお、ひと仕事成れり。これでわが菜園からモグラが駆逐されれば大々成功だ。さうさう、発音材の小粒は何にしやうか。頭が上手く回転してゐるときはよきアイデアが出るものだ。最寄りのホームセンターで格好な砂利を確保、これを半裁して小粒に加工した。空洞に投げ入れて鳴らしてみると、聞くからにモグラが嫌いそうなガラガラ音が出る。万事良好。

付加価値とて、風車には羽根の先端に蛍光塗料を塗り、支柱部分の形態を工夫して風車の支障のない回転を確保した。早速に数本の空瓶を加工して風車を仕上げ、畑に植ゑ込んだ。生憎に無風に近い状態で、即時に効果を見ることは出来なかったが、息を吹き込んで様子をみれば快調に回転する。相当の効果が期待できさうだ。

話は逸れるが、わが庵では飲料水は水道に頼らず、安全とミネラル分効果を狙ってフランスのコントレックスを常用してをる。これは飲料水で気泡性でないから、瓶はジンジャーエールのそれより脆弱だ。それでも加工に工夫を凝らしてコントレッス版の風車も作った。やや大柄だがよく回転し「発音」してくれる。

かうしてわが庵ではいま、ふた種類のプラスチック製風車が作られ、最寄りの道の駅で頒布されている。わが菜園には両種類の風車が群れ回ってをる。そして、何よりのことだが、モグラたちの姿(土盛り)がほぼ皆無になった。玉葱を植ゑ込んだばかりの畑は、見事にモグラっ気なく広がってをる。

秋から冬へ、これからジンジャーエールは消費量が減る。それでも、ここまで嬉々として組み上げた風車は、何と二階のひと部屋をほぼ埋め尽くしてをるから供給には苦もない。ミミズは土壌改良の頼もしい働きもの、天敵が消えた土中で奴らはさぞ喜んでをるだらうし、好物にありつけなくなったモグラたちは風車の奏でる不協和音の合奏に、耳を塞いでぼやいてをることだらう。

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