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西洋美術研究者が語る「日本美術は面白い」 №64 [文芸美術の森]

             歌川広重≪名所江戸百景≫シリーズ
             美術ジャーナリスト  斎藤陽一

              第15回 「浅草金龍山」

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≪浅草寺復興のイメージ≫

 この絵は「名所江戸百景」中の第100景「浅草金龍山」です。金龍山浅草寺を雷門の方からとらえています。
 夏に描いたとされますが、広重はあえて雪に覆われた浅草寺境内として描いています。この絵も「紅白の世界」として表されていることに気づきます。

 安政大地震では、浅草寺も甚大な被害を受けました。右奥に見える五重塔の法輪も曲がってしまい、大きく傾いてしまいましたが、この絵では、五重塔のみならず、手前の雷門もその奥に見える仁王門も、修復されて赤く塗られた姿で表わされています。広重の復興への願いが描き出した世界と言えます。
 それらの建物を白い雪が包み込んでいる。まさにこれは、「紅白」を使った目出たい絵なのです。

 普段は大勢の人々でにぎわう浅草寺を、しんしんと雪の降る静けさの中に描き、復興しつつある喜びを静かにかみしめている、そんな情感のある絵になっています。
 初摺り(しょずり)では、牡丹雪の降る感じを出すために、雪の部分をふんわりと見せる「胡粉摺り:ごふんずり」にした、という凝りようでした。

≪近接拡大・切断の技法≫

 この絵では、何よりも「構図」の大胆さに目を見張りますね。

 雷門の全体を描かずに、部分をクローズアップ(近接拡大)して前景にとらえ、しかも大胆な切断画法によって、雷門も大提灯もその一部分を描くのみ。強いインパクトが与えられます。
 さらに、それを額縁のようにして、その奥に仁王門や五重塔を描くことで、深い遠近感ももたらされる。ここには西洋流の透視画法も使われています。
 「近景」を思い切ったクローズアップで描き(近接拡大)、しかも大胆にトリミング(切断)して提示し、それに「中景」「遠景」を組み合わせる構図は、この「名所江戸百景」シリーズの随所に見られます。これは、印象派などの西洋近代の画家たちを驚嘆させた画法です。
 
 もう一度繰り返しますが、広重は「名所江戸百景」シリーズをすべて「竪絵:たてえ」(縦長の絵)としました。風景などの広がりを描くには、横長の紙に描くのが普通です。縦長の方が難しいとされます。
 しかし広重は、あえて縦長の画面にすることで、画面構成にさまざまな工夫を凝らし、独創的なシリーズに仕立て上げました。この連作への強い思いを感じさせます。

≪雷門の大提灯≫

64-2.jpg この画面で効果的な役割を果たしているのが雷門の大提灯です。
 私たちが今見るの大提灯には「雷門」の文字が大きく書かれていますね。しかし広重がクローズアップで描いた大提灯には、書かれた文字の一部「橋」しか読めません。実はここには「志ん橋:しんばし」と書かれているのです。
 この大提灯は、当時、新橋の屋根屋職人のグループによって奉献されたものだそうです。だから「志ん橋」なのですね。
 明治時代に、この大提灯は本堂に移され、現在は「雷門」と書かれたものが吊るされているという次第です。

 次回は、「名所江戸百景」シリーズの中の「亀戸梅屋舗」(第30景)を紹介します。


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