SSブログ

エラワン哀歌 №8 [文芸美術の森]

 遠くを想って

         詩人 志田道子

 今年生まれたカモが沼地に取り残されている
 時折 月の光を映していたそこここの水溜りは
 末だ夏の暑気を残してはいるが
 山肌をゆっくりと雲が下り
 乳色の霧となって地を覆い
 やがてあたりに雨音が充ちる頃には
 冷たい大気が羽毛の中のか細い首を締め上げる
 頬のうえの白い産毛を震わせ
 カモは目を細めて一心に遠い山影を想う
 末だ牢えそろわぬ翼を伸ばし折りたたみ
 腰を上げ身を揺すっては座り直し
 夜の雨の中にいる
 何千年前からずっと そして
 これから先何千年も きっと
 過去だ 未来だ 現在だ などと
 時を勝手に区切ることなど止めたらいい
 カモはいつも こうしている
 はるかに遠く未だ見たこともない桃源郷に
 咲き乱れる花々を思い描いているわけでもなく
 ただ飛び発って行くべき時を見つめて
 闇の沼地に茶色い頭を埋めている

『エラワン哀歌』 土曜美術社出版販売


nice!(1)  コメント(0) 

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。