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西洋美術研究者が語る「日本美術は面白い!」 №19 [文芸美術の森]

                                   シリーズ≪琳派の魅力≫

                美術ジャーナリスト  斎藤陽一

  第19回: 尾形光琳「燕子花図(かきつばたず)屏風」 その4

 (18世紀前半。六曲一双。各151.2×358.8cm。国宝。
   東京・根津美術館)         

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≪発想源は?≫

 近年、尾形光琳の「燕子花図屏風」の発想源について、興味深い説が出ていますので、紹介しておきます。
 美術史家の河野元昭氏や、能楽研究家の堀口康生氏の見解によれば、この屏風絵は、光琳が若い頃から親しんできた能楽から、しかも謡曲「杜若(かきつばた)」から発想したのではないか、というのです。

19-2.jpg 能楽「杜若(かきつばた)杜若」のストーリーを「能楽事典」で調べて見ると:
 三河の国八橋にやってきた旅の僧が、燕子花に見惚れていると、里の女が現れて在原業平の「唐衣(からごろも)」の歌を教え、ここがゆかりの地だと語る・・・
 やがて女は、杜若の精に変身し、業平とその恋人の女性をイメージさせる男装の女性姿となって、『伊勢物語』に語られた恋物語を舞う・・・というストーリーです。

 確かに、光琳の「燕子花図」に感じられる、余分なものを削ぎ落とした、凛とした表現には、どこか能の世界とも通じるものを感じます。
 また、「燕子花図」の右隻から左隻にいたる燕子花の群れが生み出すリズムは、ゆったりと始まり、だんだんとテンポアップしていく感じですね。これは、能楽で言うところの「序破急」の構成を思わせます。

 能はまた、余分なものを極限まで削ぎ落として、あとに残るものを「型」としてとらえ、象徴性を深めるという「削ぎ落としの美学」を基本とする芸能です。
 第16回で指摘したように、光琳の「燕子花図」には、水面や八橋、岸辺や木立、空と雲といった目に見えるものを大胆に切り捨てて、燕子花という主要なモチーフだけを絞り切って提示するという「切り捨ての美学」とでも言うべき美意識が働いています。
 「削ぎ落とし」や「切り捨て」の美学は、とても日本的なものであり、俳句や茶道といった他の日本文化にも通じるものだと思います。

≪注文主は西本願寺≫

 さらに、能楽研究家の堀口康生氏は、興味深い見解を提示しています。それによると:
謡曲「杜若」では、在原業平は、実は極楽浄土の菩薩の化身であり、人々を救済するためにこの世に姿を現した存在だ、というのです。そして、「八橋」とは単なる地名ではなく、業平が契りを結んだ八人の女性を象徴するものであり、契りを結んだ八人の女のすべてが救済された、という意味が込められている、というのです。

19-3.jpg 堀口氏のこの指摘が、なぜ興味深いかというと、尾形光琳に、この「燕子花図屏風」を注文したのはもともと京都の西本願寺だ、ということと結びつくからです。
 西本願寺は、迷える衆生を阿弥陀様が救いとり、極楽往生をかなえさせてくれると説く浄土真宗の総本山です。
 本来、屏風は室内調度品であり、西本願寺では、出来上がった金屏風は、おそらく、何か特別の法事や慶事の際に、華やかさを演出するために、御堂などに置かれたのではないでしょうか。それを目にするのは、極楽往生を願う信者たちです。
 そう思って、あらためてこの屏風をじっと眺めると、これは浄土を象徴しているようにも思えてきます。もしかすると、能に造詣の深い尾形光琳は、注文主(西本願寺)のことや、屏風が置かれる状況(法事)まで意識して描いたのかもしれません。

 最初、一見すると、単純・明快で、目にも華麗な装飾絵画に見えた「燕子花図屏風」ですが、このように読んでいくと、そこから、尾形光琳という絵師の、隅々まで計算を働かせた、理知的で研ぎ澄まされた造形感覚がくっきりと見えてきます。

 ※この項(「燕子花図屏風」の発想源)を書くにあたって貴重な示唆を受けたのは、とりわけ、琳派についての渾身の大著『琳派・響き合う美』(思文閣出版)を著した河野元昭氏、能楽研究家の堀口康氏(『図説日本の古典5』の記載:集英社)、そして河合正友氏(MOA美術館編『光琳アート~光琳と現代美術』の記載:角川学芸出版)です。謝意を表します。
 「琳派」については、優れた研究者がたくさんいます。その方たちの著書を読めば、様々な示唆を受け、日本美術の奥深さと面白さに触れることができるでしょう。

 次回からは、尾形光琳晩年の名作「紅白梅図屏風」について、7回にわたってじっくりと紹介していきます。
                                                                 

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