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論語 №82 [心の小径]

二六三 顔淵(がんえん)死す。門人厚くこれを葬らんと欲す。子のたまわく、不可なり。門人厚くこれを葬る。子のたまわく、回(かい)やわれを視(み)ること.父のごとくせり。われ視ること子のごとくなるを得ざりき。われにあらざるなり、かの二三子(にさんし)なり。

                法学者  穂積重遠

 「門人」は顔回の門人だというのが通説だが、孔子様の門人、すなわち同門の友人たちと見た方がおもしろい。「二三子」と言われたところからもそうとれる。

 顔淵が死んだ。同門の友人たちが葬式をりっぱにしようと計画した。そして孔子様が、「いけない、」とおっしゃったのに盛大な葬儀を執り行った。孔子様がおっしゃるよ
う、「回はわしを父親のように思っていた。それ故わしはわが子の鯉(り)を葬った振合(ふりあい)でりっばではなくとも心がこもった葬式をしてやりたいと思っていたのに、わが子のごとくしてやることができなかったのは、残念千万だ。回もさぞ不本意に思ったろう。これはわしのせいではない。あの二三人のせいじゃ。」

 「喪はその易(おさ)めんよりはむしろ戚(かなし)め」(四四)と、耳にタコのできるほど聞かされているはずの門人たちまでこの始末なのだから、当時の葬儀がいかに形式主義だったかがわかる。

二六四 季路(きろ)、鬼神に事(つか)えんことを問う。子のたまわく、未だ人に事うること能わず、いずくんぞ鬼に事えん。いわく、敢(あえ)て死を問う。のたまわく、米だ生を計らず、いずくんぞ死を知らん。

 子路(しろ)が、神霊に事えるにはどうしたらよろしきや、と質問したので、孔子様が、「まだ人に事えることもできないで、どうして神霊に事えることができようぞ。」と答え
られた。すると子路がさらに推(お)しかえしておたずねした。「それでは死とは何でありますか。」孔子様がおっしゃるよう、「まだ生を知らないで、どうして死を知り得ようぞ。」

 古註(こちゅう)に、「鬼神に事えんこと問うは、けだし祭祀(さいし)に奉ずる所以の意を求むるなり。而して死は人の必ず有るところにして知らざるべからず。皆切問なり。然れども誠敬(せいけい)以て人に事うるに足るにあらずずんば、すなわち必ず神に事うること能わず。始(はじめ)を原(たず)ねて生ずる所以を知るにあらずんば、すなわち必ず終(おわり)に反(かえ)りて死する所以を知ること能わず。けだし幽明(ゆうめい)始終はじめより二理なし。但しこれを学ぶに序あり、等を(こ)ゆべからず。故に夫子これを告ぐることかくの如し。」とあり、また安井息軒も、「未だ能わず末だ知らずと言うは、すなわち既に能(よ)くし既に知るの後もとより将にこれに語(つ)げんとするなり。子路の地位未だここに至らず、その力を人事の急なる所に用いんことを欲す。故に以て告げざるなり。」と説いている。「鬼神及び死の事は明らかにし難し、これを語るも益なし。故に答えざるなり。」という反対論もあるが、本文の文勢からみても、そうではないらしい。息軒はさらに「これけだし子路初めて見(みま)ゆるときの言なり。」と言うが、これはどうだろうか。入学早々こういう質問をするはずもなし、また子路は相当進んだ後でもとっぴな質問や議論をする人なので、とかく先走りたがるところを、孔子様がいましめられたのだろう。「敢て」がうまく現代語にならなかったが、一本釘をさされながらまた推し返して「敢て問う」ところが、いかにも千路らしくておもしろい。


『新薬論語』 講談社学術文庫

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