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コーセーだから №53 [雑木林の四季]

コーセー創業者・小林孝三郎の「50歳 創業の哲学」 14

            (株)コーセーOB    北原保

働きながら知識を求める血肉とした内村鑑三の思想

コーセーの〝誠実〟

 コーセー化粧品の創業の精神である〝誠実〟という言葉は、天下の松下電器をはじめ大企業から中小企業まで、どこの会社でも額にしてかかげている言葉。「なんや、あほらしい」と新入りの社員たちはバカにしがちである。事実、他社の精神をマネてかかげる会社も数多くあるにちがいないが、コーセー化粧品の〝誠実〟はすこし違う。この2字に小林孝三郎の50年の人生観が集約されているからだ。
 小林孝三郎が歩いた人生は、同じ年代の人ならば誰もが経験した道である。中学校に行きたくても行けず15才で東洋堂に入り、辛抱にたえたが、青年期に二度会社をやめようかとさえ考えた。一度目は南方雄飛であり、二度目は自家営業を手伝うためで、それを思いとどまり営々と東洋堂で働きつづけた。ごく当たり前の話であるが、ちがうのは、小林孝三郎は思いのままに生きたわけではない。いつも自分の人生軌道を少しずつ修正しながら生を燃やしてきたことだ。
 人間は思い通りに生きられるものではないということを知ったのは、24、5才ごろであった。
 中学に進学できなかった小林孝三郎は、丁稚時代からよく本を読んだ。はじめは「ああこの一戦」などの戦記ものから尾崎紅葉の「金色夜叉」全7巻の小説へ、それから徳富蘆花の「自然と人生」とか宗教本まで読みあさった。その読書の中でいちばん影響をうけたのが、大正年間に大きな思想的な根を残した内村鑑三だった。
 「20才を少しすぎた、ある時代に人間は何のために生まれたのかということを真剣につきつめて考えたんですよ」
 当時、内村鑑三は天皇陛下の写真にむかって、礼の仕方が浅かったというので大問題になり、もう一度礼をしろといわれて断ったという話は有名だった。
 東洋堂の一日の仕事が終わると、小林氏は牛込の東五軒町から新宿柏木町までよく走って行った。行き先は内村鑑三の柏木研究会である。
 「そのころ、内村鑑三が書いた本や雑誌で持っていないものはなかったですよ。全部買っていましたね。その本に線を引っぱって、何回も何回もよくくり返して読みましたね」
 ちょうどそのころ関東大震災が起きて、社会主義者の大杉栄が甘粕大尉に暗殺されるなど世間が騒然としていたころだ。
 たまに代々木の日本青年会館で、内村鑑三聖書研究会を開いたが、当時の金で50銭の入場料だから高いハズなのに満員だった。
 「内村先生という人は、研究会のはじまる時間がくると門を閉めて1分おくれても入れない人でしたね」
 小林氏はきびしかった研究会を思い出す。
 まだ独身だったので収入からみたら、研究会に払う会費や書籍代はたいへんに大きかったという。
 つい最近のこと、小林氏はある人の葬儀に出席したところ、その席にいた前東大総長の南原繁氏が50年前のこの内村鑑三の青山研究会に大学生で参加していたという話を聞いて、そのころがなつかしかった。
 なけなしの50銭は小林孝三郎にとっては高い金だが、その価値はいたって高かったとのこと。
 「内村先生のところに行ったことは、なにか具体的な勉強になったかといわれると困るし、経営の利益になるようなものがあったかといわれても困る。若い私に何か大きな影響をあたえたことは事実ですね。生きる自信というかな……」
 小林氏は結婚しても、内村鑑三の書物だけは、妻のきんさんに出張先に送らせていた。列車の中の時間を利用して、何回もわかるまで読んだそうである。
                                        (日本工業新聞 昭和44年10月23日付)

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内村鑑三氏
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内村鑑三氏の講義風景
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現在の今井館聖書講堂はNPO法人今井館教友会が保存運営に当たっている
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今井館聖書講堂の入口
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小林孝三郎が保存していた聖書之研究(左端が最終号)

*小林孝三郎が通った柏木研究会は柏木町(新宿区)にあった今井館聖書講堂で行われた。現在は目黒区中根(最寄駅は東横線都立大学駅)に移築され、NPO法人今井館教友会が保存にあたっている。
*小林孝三郎は、内村鑑三が主幹を務めた月刊誌「聖書之研究」を大正2年6月号(155号)から、内村鑑三が亡くなったため廃刊となる昭和5年4月号(357号)まで毎月欠かさず購読していた。

今井館聖書講堂の写真2点と内村鑑三の講義風景の写真はNPO法人今井館教友会から提供していただきました。内村鑑三氏の写真は聖書之研究357号から転載させていただきました。


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