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フェアリー・妖精幻想 №105 [文芸美術の森]

仮面劇とシェイクスピア、オペラ、バレエ 5

             妖精美術館館長  井村君江

ギルバートとサけヴァンのフェアリー・オペラ『アイオランシー』

 ウィリアム・ギルバートが台本を書き、アーサー・サリヴァンが作曲し、「サヴォイ・オペラ」として知られるイギリス固有のいわばコミック・オペラが一八七〇年代に流行した。
 日本では『ミカド』が知られ、オスカー・ワイルドが審美的衣裳を着て『ペイシエンス』を宣伝するために、アメリカまで渡ったことで知られている。ドイリー・カートがその興行主であった。
 作品の一つに『アイオランシー、貴族と妖精』(一八八二)があり、「フェアリー・オペラ」ともいわれるが、一種の社会諷刺ともいえるオペラ・コミックである。
 現実社会で高い地位にある国王の貴族の秘書と貴族たちが、超現実の国フェアリーランドの妖精女王と、たくさんの妖精たちに魅惑されて最後に全員が妖精たちと結婚する物語で、主人公の妖精アイオランシーはフェアリーランドから姿を消し、人間であるチャンセラーと結婚していた(妖精が年をとらずいつまでも若く美しい女の人であるのに、チャンセラーが腰の少々まがった眼鏡をかけた老人姿である対照のさせ方もコミックである)。息子のストレフォンは半人半妖であり、立派な若者に成長した彼は美しい乙女を愛するようになる。
 アイオランシーの息子ストレフオンがチャンセラーの息子であったことを知り、妖精たちは貴族たちを愛するようになり、妖精の女王も、現実の女王の近衛士官と結婚することになるという話で、ロンドンの都会と牧歌的な草原を、またウエストミンスター宮殿とフェアリーランドを対照させ、現実にあり得ないことを妖精たちのこととして舞台で実現させてみせる面白さがある。
 「貴族たち」の団体と「妖精の群れ」のコーラスのかけ合いが、『ペイシェンス』では「兵隊たち」と「村の乙女」の群れとを対照させる手法と似ているが、『アイオランシー』では片方が非現実の妖精であるため、より一層諷刺の効果があがっているようである。

クリスマス・パントマイムの妖精

 魔法の杖の一振りでみすぼらしい服を豪華にし、カボチャを馬車にする不思議でたのもしいカを持つ妖精の代母(フェアリー・ゴッドマザー)は、子供たちがこうあってほしいと思っている妖精像であり、クリスマスの「パントマイム」には重要な役をつとめる。
 パントマイムは一八三〇年代にイギリスで盛んに行われた、一般の人々が休日の楽しみにする気晴し劇のようなものであった。
 もともと一七一七年頃に、ローマを経てロンドンに入ったコンメディア・デラルテの「バレルキナード」の滑稽劇がもとで、フェアリー・テール(『ピーターパン』や『アラジン』『シンデレラ』等)やわらべ歌(『マザーグース』)等が前に付くという、二つの部分から普通は成っている。
 道化役のバレルキンが口上をのべたり、恋仇きピエロと恋人コロンピーヌをとり合ったり、また社会や地位、性を入れ代え、愚かな王さまに賢い召使い、少女のピーター・パンや男性の「がちょうおばさん(マザーグース)」などに、良い妖精や悪い妖精がからんでさまざまな筋が展開する。
 そして背中に翅をつけ美しいドレスを着た妖精の代母(フェアリー・ゴオッドマザー)の杖の一振りで、願い事が叶えられたり、あべこべの地位や性が正しくおさまったり、秩序が戻ってめでたしとなる楽しい喜劇である。
 一八五〇年にJ・ヒッコリ」・ウッドとアーサー・コリンズの書いた『眠れる森の美女と野獣』という作品や『ピーター・パン』、そして『アラジン』等が知られ、よく上演されている。
 「クリスマス・パントマイム」として子供向けのものが多く上演されるが、ヴィクトリア朝時代ではドラマとバレエとオペラの要素に衣裳デザインという絵画の要素を付けて、華やかな舞台を作りあげることが流行した。ウォルター・クレインやウィリアム・ジョン・チャールズ (ウィルヘルム・ピッチャー 一八五八~一九二五)のパントマイムのコスチェーム・デザイン帳が、いまヴィクトリア・アルバート美術館に数冊保管されているが、当時の華やかで夢のある舞台が想像出来る、素晴しいコスチュームのデッサン群である。

『フェアリー』 新書館

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