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フェアリー~妖精幻想 №99 [文芸美術の森]

仮面劇、シェイクスピア、バレエ、オペラ

             妖精美術館館長  井村君江

シェイクスピアの劇『夏の夜の夢』と『嵐』の舞台 1

 シェイクスピアはこのイニゴ・ジョーンズと組んで、舞台を経験したことはなく、またどのように機械装置を使ったかの明確な記録はない。
 しかし『夏の夜の夢』のオベロン王国と、その妖精たちのシーン、『嵐(テンペスト)』のプロスベロと使魔(ファミリーエール)エアリエルの魔術空間、ギリシャの女神たちと天帝の妃ジューノーや虹の女神アイリス、豊穣の女神シーリーズの祝婚仮面劇の一大幻影場面などの登場人物や装置、そして場面の演出の仕方にさまざまな工夫がなされたであろうし、そうした箇所は今日まで演出家たちの腕のふるいどころにもなっている。
 シェイクスピアの大方の劇が上演された「地球(グローブ)座」、その他「希望(ホープ)座」「白鳥(スワン)座」「幸運(フォーチュン)座」などエリザベス朝時代の民衆劇場(パブリックシアター)は円型で、「張出舞台(エプロンステージ)」であり、中世劇の舞台空間の決まりがまだ残っていて、舞台の奈落は「地獄」とされ、中世の悪魔(ディアポロス)や『ハムレット』の亡霊の出現場所であり、屋根の下の中舞台の天井は「天国」とされ、太陽や十二宮の星座などが描かれていた。その「天国」の雲間から、『シンベリーン』のジュピターや『嵐』の女伸たちが、雲におおわれた玉座に乗り、雷鳴のとどろきと共に(屋根裏で砲弾をころがして音を出していた)、ワイヤーでつり下げられて舞台を下りてきたようである。ワイヤーは大道具係が屋根裏部屋で手動でロープを巻いてつりあげたので、雷鳴はその騒音を消す効果もあったようである。
 この天井から舞台へ下りてくるゴンドラの装置は、ギリシャ劇の最後に運命の裁断を下す機械仕掛けの神(デーウス・エキス・マキーナ)に似て、天から下る印象を与えるのに効果があり、女神の降臨や、超自然の生きものである妖精の出現によく用いられた。
 オベロン王やティタニアも、こうした玉座に乗り雲間から月夜のアセンズの森へ降りてきたかもしれない。
 一九七〇年にピーター・ブルックが演出した『夏の夜の夢』で、パックやティタニアがブランコに乗って降りてきた舞台は、その着想が斬新であると驚かれたが、見方によればエリザベス朝時代の舞台の原点へ戻った演出だったともいえよう。それが額縁舞台(プロセニウム・ステージ)になれている現代人の目には奇抜に映ったのかも知れない。
 しかしサラ・ケステルマン演ずる緑の服のティタニアが、真赤なダチョウの羽根に乗って天井から下り、四人の男優演ずる妖精が揃ってプランコに乗り、中空で演技したり、ジョン・ケインのパックがみごとに皿廻しをしたりした。ピーター・ブルックの演出がこのように軽業とマジックを取り入れ、超自然の要素を出していたことは興味深い。
 オベロンの命令でパックが「四十分で地球をひとめぐり」する早さで奈落に消え、再び手に「惚れ草」をもってバルコニーの上から現れたり、プロスベロの魔法の杖の一振りでエアリエルは柱の後ろに消えたかと思うと、次には天井から再び怪鳥バービーの姿となって雷鳴と共に現われる。
 この超自然の生きものたちの敏捷な早技や変身は、あるいは二人か三人の役者がパック一役になって演じられたとも考えられる。毎年夏のロンドンの呼び物の一つとなっているリージエント・パークの野外劇場で、一九八八年八月に公演されたニュー・シェイクスピア・カンパニーの『夏の夜の夢』の舞台でも、二人の俳優がパックを演じている。クリフ・ハウエル扮するパックが木蔭に姿を消すより早く、もう一人のパックが洞穴から現われたかと思うと、すぐに他の木の後ろから他のパックが現われるというように、パックの素早さが二人の役者によって効果的に表現されていた。
 妖精たちが長い棒の先に、土蛍の明り(ティーパー)に似せた豆電球の明りを持って木々の間を飛び、折から実際の月が雲間に現われ、フェアリーランドの雰囲気が漂う林の中の野外劇であった。

P.ブルック演出「夏の夜の夢」.jpg
ピーター・ブルック演出「真夏の夜の夢」

『フェアリー』 新書館


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