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正岡常規と夏目金之助 №6 [文芸美術の森]

      ~生き方の対照性と友情 そして継承 
          子規・漱石 研究家  栗田博行 (八荒)
 
第一章 慶応三年 ともに名家に生まれたが Ⅱ
 ほととぎすを名乗ったこと  子規の出自と生い立ち① (つづき)
                 
  前回、生い立ちから明るい気質を身につけ、意気軒高と生きていた明治青年正岡常規が、喀血という衝撃に直面したことで、却って、日本文学の近代化に大きな足跡を残した子規になって行ったことの、ごく一端を、自筆の108文字墓碑銘などを基にお話ししました。
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 彼は、少年期から、書くものに合わせてペンネームを即興的につ  けて楽しんできた機知に富んだ青年でした。しかし、この体験を   見つめ、血を吐く鳥を含意する「子規」を自分に冠する名前とす   ることをこころの裡で決め、人に向け名乗る言葉にするまでには、実はこの青年にして、少し思念する重い時間が必要だったようなのです。(八注・そこに至る自分を、克明に観察した内面の記録「子規子」と題した文章を、喀血した明治22年の夏休み中に書き上げているのですが、これについてはいつか青春篇と言った章を立てて、改めて詳しく紹介することにします。)


 ペンネーム「子規」を、正岡常規が人に向けて初めて使ったのは、この年の夏休みに帰省療養中に書いた、同い年の第一高等6-2.jpg中学校の友人・大谷藤次郎(是空)にあてた手紙の結びででした。(明治22年8月15日付)

  漱石より先に交遊が始まっていた人で、子規自身が友人を分類したリストの中で「親友」としていた書生仲間でした。漱石はこのリストの中では「畏友」と冠がつけられています。因みに秋山真之は「剛友」となっています。
  大谷君はこの時神経衰弱の療養のため郷里岡山に帰省しており、子規喀血のことを漱石からでも知ったのでしょうか、松山に帰省していた正岡常規君にすぐ見舞状(欠)をくれたようなのです。子規正岡常規君は、すぐ返信したようです。例によってもらった手紙へのお礼の漢文的挨拶の決まり文句を振った後
    ・・・色男は兎角多病との金言を反対にして
                      多病を色男と御推量被下(くだされて)
        小生の身の上を餘り(にも)贅沢ではないかとの御恨み 
                      少しは分けてくれとでも いひそふな筆ぶり。 
                 サアそねめそねめ
と続けます。「才子多病」とか「色男金と力はなかりけり」といった当時の俚諺を踏まえて、自身と相手の病身を茶化して、病気の深刻さを相手にも自分にも相対化しようとしているのです。
 6-3.jpg 実は先立つ8月13日に漱石からもらった見舞状に、こんなひと言が入っていました。「君のような残りの柳か衰へかけの菖蒲の風情をたたえた(以上意訳)優にやさしき殿御は、必ず療養専一摂生大事と勉強して女の子の泣かぬやう 余計な御世話ながら願上候」。漱石のこの語り掛けは、子規大谷クンへの「多病を色男」と見做しておくれという語り掛けに、無自覚のうちにヒントになっていたかもしれません。
  ともかくもこんな友人関係の中心に子規は生きていたのです。
  「サアそねめそねめ」と言った後、子規は 「時鳥は毎日 ゝ 欠席なく御機嫌伺ひに参り申し侯」と、3か月が過ぎても自分の喀血が続いていることを大谷クンに知らせています。ややオーバーに言ったのかもしれません。
  もちろん、相手への「貴兄成(なる)丈散歩を御つとめ可被成侯」など病気心得の進言、自身の暮らしぶりの報告など、病人同士としてのまじめな配慮に富んだ会話はしているのですが、文末に向かうと、再びユーモア精神が活き活きと動き出し、抑えがたくなったか…
  余は 三保松原を通りし際は夜にて 松も波も見えわかず
        残念に候 さるを 貴兄は羽衣塚まで御まうでの由 羨敷候 
  ボクは東海道線で夜、通り過ぎただけだが、キミは足を下して三保の松原・羽衣の塚まで行ったたらしい。ウラヤマシイ‥と言って、続けます。
      貴兄の如き風流才子の御見物を受けて 
          天人も天の羽衣をかざして来降なさんと思ひの外
                    天人どころか松の樹さへ影もなき 笑止々々
と同情したり、からかったりします。おそらく大谷君からの手紙には帰途三保の松原に立ち寄ったが、伐採されて松の木が無かったこと(八注・明治維新の影響か)が記されており、それへの返しの言葉だったのでしょう。そしてそのあと漱石から仕入れたのか、同級生らの近況を簡単に伝え

  ・・・先ずは御返事迄 如斯(かくのごとく)御座候 十五日 子規 拝
 
と全文を結び、相手に対しては
     笑天様 聖天 様 焼天 様 と敬称を三連発して終えています。
  おそらく、「昇天」の「ショウテン」という音からこの三つの熟語を着想し、相手の苦笑を誘い、互いに病からくる死への恐怖からくる深刻病をやわらげようとする心配りなのです。


6-4.jpg ここにおいて正岡常規は初めて、「他者」に対して自身を「子規」と名乗ったのです

少年時代から身に着けていた名付け遊びのヒラメキとは、今回は大分違いました。意気盛んな文学青年として過ごしていた22歳の一夜、突然喀血に見舞われ、日本文化の中にあった「鳴いて血を吐くほととぎす」を想起し、現に血を吐いているナマナマしい自己の実像を重ねて五十句余りの俳句を作った・・・・・・。その衝撃の一夜から、三ケ月余りの時間が経った末の名乗りだったのです。一身上に訪れた深刻な経験を、真剣に見つめた末に、あのようなユーモア感覚を交えて話しかけることができる心の境地に達していたことの顕れと言えましょう。
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  子規。その初使用は、自分自身への名付けとしても、他者に向かっての名乗りとしても、しっくり自然に思えるほどに気分が熟成していたことの証(ドキュメント)でした。今風の言葉でいえば、正岡常規君が運命から課せられた境遇を受け止めて、「アイデンティティー」を固めた重要な一段階の表明(アウトプット)だったと思う次第です。
 
  実はこの一年前のことです。この年、大谷藤治郎君は進級試験に失敗して郷里岡山に帰省していたらしく、正岡常規君は、彼にこんな書簡を出していました。(明治21年8月8日)。   
 
    ・・・先日之試験には如何なる間違にや
         意外に良結果を得られず 御愁歎之至りに存候 
    併し(しかし)古歌にも 
              うきことの猶此上に積もれかし
                            限りある世の心ためさむ
   といふことあり 些少の失敗に心挫け 為に方向を変するは 
                                  大和魂とは両立せざる者なり
    ナボレオンも 「千辛萬苦堪へ来りて 始めて大丈夫といふべし 
    小挫折に逢ふて忽ち自殺するが如きは
                                  卑怯の甚しき者」といひたり 
    ・・・小失敗の為に心を動かすが如きは 固より卑怯の元素を包含す
     ることは精密なる分析を待たざるなり(詳しく言うまでもない)。

  落第して落ち込みかねない友人に対して、友情からの大激励をしているのです。ますらおぶりの強い心を歌った和歌の紹介に続けて、大和魂を説き、ナポレオンの言葉まで引用した末に「自殺」を思ったりするのは「卑怯」とまで力説しているのです。
  のちに子規となる人の面目躍如(笑!)。「卑怯」という観念が重い意味を持っていた明治という時代の日本人男子の気分が働いていることも伺えます。(八荒仮説・「卑怯」には、も少し別の大事な意味が含まれていると思うのですが(笑)。ここでは心が弱いくらいの意味で承っておきましょう)
  また、この手紙にはこんな一節もあります。
  
    ・・・御承知の如く小生も落第の先陣致し侯者にて(八注・予備門時代、
    18歳) 小生の一生は落第を以て 始まる者といふて可なり 
        左れば 小生の経験を説かんに 落第して損したるは一年の歳
      月と一年の学資なり 
        得たる処は学識に多少の精密を加へしことなり 
        学資と歳月とは固より惜むに足らざるなり 
                                      其損得は言はずして明なり
  その時の落第は、正岡家の経済を心配する親戚の伯父さんから苦言を呈されたりもしたのですが、友人激励のためのこの落第肯定論では、そのことはおくびにも出していません。
 
    下級の者と顔を合はすは少々不面目の様に考へらるれども八・笑)
            交際を広くする点より云へは尤(はなはだ)善し 
    何にしても落第して善き心地はせざれども
    小説を書く上より云へば経験の一(ひとつ)にして尤目出度事なり・・・
  
  この手紙の結びの言葉は「うかれだるまより」 となっています。励ましの言葉を大谷クンに真率な気持ちから綴っていくうちに調子が出てきて、明るく可笑しいノリに乗ってしまって、その到達点として「うかれだるま」と名乗ったのでしょう。即興的に・・・(八注・1年後に「子規」と名乗ることになるとは、この時は夢にも思っていなかったのです。)
 大谷クンにこの手紙を出したころは、子規は墨田区向島の桜餅屋に一間を借りて、一種の文体実験小説のような「七草集」という文章を書いていました。彼の野心(意欲)は、そのころ小説家的な方向に向かっていたのでした。
  それにしても「学資と歳月とは固より惜むに足らざるなり」とは、よくも言ったり。「小説を書く上より云へば経験の一にして尤目出度事なり・・・とも、よくぞ言ったり。

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このライフステージの正岡常規という青年は、友人を励まそうとする動機から筆を走らせていくうちに、自分自身を励ます気持ちの流れも同時に動いてしまい、それが合流して、ここまでの明るく前向きな論理と感情を言葉にしてしまう…そんな気質の持ち主に、すでになっていたのです。
  そのような青年になっていた正岡常規君が、大谷君にこの手紙を書いた9ケ月後に、自身は落第よりもずっと重い「喀血」という深刻な事態に見舞われたのでした。さすがに、3か月余りの正視と熟考の時間は要ったものの、ここまでの成長過程ですでに身に着けていた気質は挫けることはなく、虚無感や絶望の方向に気持ちが傾斜することはありませんでした。
  逆に、そのような気質を、この試練を受けて強化していったと言えましょう。自他に子規と明確にすることで、深刻な事態を受け止めた上で、前向きに生きる姿勢を固めた人生体験とし得ていたのです。
  今回最初に紹介した大谷クンからの見舞状で、あのようなユーモア感覚の話しかけをすることができたのは、それ故だったのです。
  大谷クンの次に、正岡常規子規の名をヒト(=他者)に向けて使ったのは夏目金之助クンだったようです。この年の12月31日に、彼が子規に対して、文章を書く姿勢について仕掛けた大議論の手紙の結びが、子規御前と結ばれているのです。手紙魔だった子規もしばらくは発信数も減ったのでしたが、夏目金之助君とのやり取りは続いていました。文章の在り方をめぐっての真剣な議論のやり取りの中でのことでした。 
 「ほととぎす」・・・この悲痛な暗い意味にもとづく「子規」を名乗って語りかけた相手はこの年、この二人だけだったようです。しかし、年々彼はそれを多用していき、彼の生涯の象徴としてのペンネームになって行きます。それはこのペンネーム使った時の、逆境を乗り越え、陽生かつ真率に相手に語りかけてゆく交友姿勢が変わることなく持続され、さらに強化されていったことによるのだと思えてなりません。(八荒仮説・司馬遼太郎さんが、「坂の上の雲」を書く動機のひとつに、こんな明治日本男子・正岡常規クンへの感嘆があったようです。)

  以上名乗りという、外(ソト=他者)に対して顕れたものからの、子規の内面への推察でした。しかし実は、子規自身が喀血という事態を誰に告白するでもなく凝視した内面の記録があるのです。今回の最初に申し上げた「子規子」という喀血をめぐる自分についての文章がそれです。喀血した年の夏休みにまとめているのですが、これについてはやはり章をあらためて大分先にお話しすることになりそうです。
 
  ※次回も
  ほととぎすを名乗ったこと  子規の出自と生い立ち① (つづき)のさらにつづきとして、そのうえでの子規の交友関係を見てゆくことにします。お付き合い下さい。
  次回平成31年1月16日とします。序論1から今回(第6回)までのURLを下に併記します。お見落としの方、ご笑覧ください。
 

 子規・漱石~生き方の対照性と友情、そして継承
  序Ⅰ ― 生き方の対照性
  https://chinokigi.blog.so-net.ne.jp/2018-09-28-8
  序Ⅱ ― 友情 …生き方の違いを超えて
  https://chinokigi.blog.so-net.ne.jp/2018-10-12-4
  序 Ⅲ ― 継承 ・・・ 自己決定のタイムラグを超えて
  https://chinokigi.blog.so-net.ne.jp/2018-10-27-6
  第一章 慶応三年 ともに名家に生まれたが
      金之助と名付けられたこと・・・漱石の出自と生い立ち①
  https://chinokigi.blog.so-net.ne.jp/2018-11-12-5
  第一章 慶応三年 ともに名家に生まれたが Ⅱ
     ほととぎすを名乗ったこと  子規の出自と生い立ち①
  https://chinokigi.blog.so-net.ne.jp/2018-11-27-5
    ほととぎすを名乗ったこと 子規の出自と生い立ち①つづき              
  https://chinokigi.blog.so-net.ne.jp/2018-12-12-4                  

        よいお歳をお迎えください。
                    


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