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日めくり汀女俳句 №24 [ことだま五七五]

三月七日~三月九日

                  俳句  中村汀女・文  中村一枝

三月七日

木の芽谷なほ雪嶺のつきまとふ
           『汀女句集』 木の芽=春
 汀女が仙台にいたのは一年程だった。三十七歳、女ざかりの汀女の句は感性も充実しぐんと広がりを増した。汀女は夫の転勤の度に一つずつ殻を脱いで脱皮していく。結婚してから一つ所に落ち着く間もなく、次から次への転勤、それはまた夫の役職の昇進をも伴う。
 大蔵官僚として出世コースに乗るには、高級官僚や財閥の娘を妻に選ぶのが早道だった。田舎の村長の娘であったことで、夫の出世の足を引っ張っているのでは、と辛い思いを味わったらしい。そういうことは、露ほども外にはみせぬつよい人であった。

三月八日

焼芋車行く紅梅は枝に満ち
             『紅白梅』 紅梅=春
 焼き芋屋の声が聞こえるとむずむずしてじっとしていられなくなる。最近の焼き芋一つ四、五百円なんてものもざらだから、たかが焼き芋といってはおられない。戦争中薩摩芋は主食の一つであった。芋類大好物の私は嬉々(きき)としてふかし芋を弁当に持っていった。
 ご飯に入れてもお粥(かゆ)にしてもあの黄色い顔が入っているだけで喜んでいた。
 「おお、いやだ、薩摩芋でも、じゃが芋でも芋と名のつくものはもうたくさん。戦争思い出してたまらない」まゆをひそめる友人もあるから人さまざま。

三月九日

蕗(ふき)の薹(とう)おもひおもひの夕汽笛
              『春雪』 蕗の薹=春
 好きこそものの上手なれ、下手の横好き。二つの格言のうち、私のテニス好きはまさにその後者。
 テニス歴二十余年と言うとたいていの人が「それじゃよっぽどお上手なんでしょうね」と羨望(せんぼう)と憧憬(どうけい)の混ざった目で見られるたびに私は首をすくめてしまう。
 生まれつきの不器用と運動神経の鈍さなのかちっとも上達しない。「この人はね、ここのコートで一番下手な人なのよ」。遠慮のない古い友人の言葉、癪(しゃく)だけれど本当だから仕方がない。それでもやめられない。私のテニスである。

『日めくり汀女俳句』 邑書林

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