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徒然なるままに №44 [雑木林の四季]

 名歌「椰子の実」追憶
              
                        エッセイスト  横山貞利

  椰子の実
     詞 島崎 藤村  曲 大中 寅二   
 
 名も知らぬ 遠き島より
 流れ寄る  椰子の実ひとつ
 故郷の   岸を離れて
 汝はそも  波に幾月

  「日本の詩歌、1 島崎藤村」(中公文庫)の「落梅集」に、この「椰子の実」が収録されている。その欄にある解説によれば、
 「藤村の親友であった柳田國男が愛知県渥美半島の伊良湖岬で1カ月ほど静養していたおり、海岸を散歩していると“椰子の実”が流れて来るのを見つけたことがある。暴風の翌朝などは特に多い。伊良湖岬へ、南の果てから流れてくる。特に“椰子の実”が流れて来るのは嬉しい。東京に帰って近所に住んでいた島崎藤村に話した。そしたら「君、その話を俺にくれたまえよ。誰にも云わずにくれたまえ」。明治28年か9年かははっきりしないが、まだ大学(東京帝国大学)にいたころだった。するとそれが非常に吟じやすい歌になって、島崎君の新体詩というと必ずそれが人の端に上るというようになった」。(定本柳田國男集別巻第三=「故郷七十年拾遺」からであろう)        

 旧(もと)の樹は 生(お)いや茂れる
 枝はなほ  影をやなせる
 われもまた 渚を枕
 ひとり身の 浮寝の旅ぞ

 わたしは、1953年(昭和28)に高校に入学し、1年1組で担任教師は石上順先生だった。石上先生は、折口信夫の愛弟子あったことを知ったのはこの年の終わり頃であった。石上先生は、国語(現代文)と古文を担当してくださった。古文の授業は擬古文から始まって次第に「徒然草」、「枕草子」、「新古今集」などの和歌、そして「源氏物語」で終わった。古文の授業の最初は、島崎藤村の「藤村詩集・序」からの引用であった。

   遂に、新しき詩歌の時は来りぬ。
  そはうつくしき曙のごとくなりき。あるものは古(いにしえ)の預言者の如く叫ぶ。
  あるものは西の詩人のごとくに呼ばゝり、いづれも明光と新声と空想とに酔へるがごとくなりき。うらわかき想像は長き眠りより覚めて、民俗の言葉を飾れり。(以下略)

 この一文こそわたしを戦慄させ、何にも解らないまま「今年は藤村を読む」と決めてしまった。偶々、夏休みの宿題が「読後感を提出せよ」というものだったので、わたしは「破戒」の読後感を提出した。その主題は「丑松を通して、人間にとって“誠実”とは何か」ということを幼い思考で纏めた心算だった。石上先生からはいくつかの教訓を得られたが、何よりうれしかったのは「他者に対して“誠実”で在るためには、先ず己に対して誠実であらねばならない」と教えて戴いたことである。この訓えは、終生私にとっての命題になった。11月の終わり頃には、石上先生が眼を真っ赤にして喉から絞り出すように切々と話された。冒頭に「君たちは無責任である」と語った。一昨日夕方の汽車で上京する予定だったが、下校前に教室を見回り、ストーブを改めたら石炭の燃え殻を始末してなかった。仕方なくストーブの燃え殻を片附けて下校して駅に着いたら予定していた汽車は出発した後だったという。(あの頃は、一日に出発する汽車は数本しかなかったから、予定した汽車に乗らなければならなかった)先生が、何故その汽車に乗らなければならなかったかは話されなかったが、先生の一言一句は私たちに突き刺さるものであった。多分、恩師・折口信夫(この年9月3日逝去)が亡くなったばかりだから、恩師に関わることで上京しなければならなったのだと、先生の眼が語っていたような気がした。
 「破戒」の読後感を書いて「誠実」と言うことを石上先生から教えてもらって2、3カ月経った時のことであるから、その日のストーブ当番が誰だか知らないが何故か自分のことのように思えて「何と不誠実なことか」と身に浸みた。 あれから60年余りが経ったけど、あの日の石上先生の面影がくっきり目に映る。
 石上先生は、1987年(平成4)5月に亡くなられた。高校卒業後7、8回お会いしたが、ある時、夜行列車で帰り駅前で偶々石上先生とお会いし、高校の手前300mくらいにあった家のところでお別れしたことがあった。本当に懐かしい想い出である。

   実をとりて 胸にあつれば
   新たなり  瑠璃の憂い
   海の日の  沈むをみれば
   激(たぎ)り落つ 異郷の涙

   思いやる  八重の汐々
   いずれの日にか 国に帰らむ

1936年(昭和11)7月 NHK「国民歌謡」として東海林太郎の歌で放送された。



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