SSブログ

立川陸軍飛行場と日本・アジア №169 [ふるさと立川・多摩・武蔵]

   連盟よ、さらば!我が代表堂々退場す

                     近現代史研究家  楢崎茂彌
  
   第五連隊の満州派遣隊、熱河省に
  「東京日日新聞・府下版」(1933.3.7)は「空の熱河入城一番乗りに輝く」と題して、第五連隊から満州に派遣された秋169-1.jpg山紋次郎中尉が空から陸上部隊の承徳(熱河省の省都)入城を誘導し、空からの入城一番乗りとなったことを誇らしげに報告しています。続いて承徳に空から入った山路次郎軍曹や、偵察飛行中に火を噴いた機を操縦し無事に帰還した久保木巌中尉などを紹介し、“「空の都」の喜び”と報じています。彼等は前年4月に「空の都」立川から出動した篠原隊(連載NO146)や辻隊に所属していました。
熱河省は、遼寧省の南西にあり万里の長城に接していた省で(今はありません)、軍閥の湯玉麟が支配していました。湯は満州を熱河省の特産物であるアヘンの販売先としてきたので、関東軍が『満州国』を作ると参加の意志を表明しました。しかし、国民政府や張学良がこれを許すはずもなく、湯にゆさぶりをかけ熱河省に4万の義勇軍を送り込むことを認めさせます。一方関東軍は、当初から熱河省を『満州国』の一部と主張しているので、熱河省に攻め込む作戦を計画し、昭和8(1933)年1月末、関東軍司令官は第6、第7師団に準備指令を出しました。また、万里の長城の東端にある山海関では、現地に置かれていた日本の守備隊が中国側に攻撃されたとして、反撃して山海関事件が起こりました。1月3日に、日本軍は陸海空から攻撃を仕掛け山海関を占領します。こうした現地軍の動きは、満州事変の処理について議論をしている国際連盟の態度を硬化させ、日本の国際連盟脱退と国際的孤立の遠因となります。では、国際連盟の動きはどのようなものだったのでしょう。
 
  リットン調査団報告書
リットン調査団は昭和7(1932)年2月29日に来日しました(連載NO156)。関東軍は調査団が日本に来た直後の3月1日に『満州国』を建国します。調査団は3月14日に中国・満州で調査活動に向かいますが、調査団が中国に滞在している間に五・一五事件が起こり、犬養首相が暗殺されました。そのあと調査団は、7月に再び来日しますが、調査団と会見した内田外相は“本問題の唯一の解決策は満州国の承認にあり”と主張しました。調査団は7月下旬には北京に移り、報告書作成に入りますが、日本政府は9月15日に『満州国』を承認します。
このように日本側は国際連盟の調査団など意に介さないかのように、次々と既成事実を積み重ねて行きましたが、リットン報告書(当時の外務省は“国際連盟支那調査委員会報告書”としている)は満州事変や『満州国』について、どのような報告をしたのでしょうか。
  報告書は10月1日に日本政府に交付され、翌日公表されました。柳条湖事件については“日本軍の軍事行動は正当なる自衛の措置と認めることを得ず”と手厳しく、『満州国』についても“吾人の見る所を以てせば、其れなきに於いては新国家は形成せられざりしなるべきと思考せらるる二つの要素あり、其れは日本軍の存在と日本の文武官憲の活動なりと確信するものなり。右の理由に依り現在の政権は純粋且つ自発的な独立運動に依りて出現したるものと思考することを得ず。”と結論づけています。
  このように現状認識については日本に対して厳しい内容ですが、報告書は“第九章 解決の原則及条件”の中で“既述の如く一九三一年九月以前の状態への復帰は問題にあらず。将来に於ける満足すべき政権は過激なる変更なくして現政権より進展せしめ得べし”と日本に好意的に見えます。そして解決策の条件として“四 満州に於ける日本の権益は無視するを得ざる事実にして、如何なる解決方法も右を承認し、且つ日本と満州の歴史的関係を考慮に入れざるものは満足なるものに非ざるべし”と日本の権益を擁護しています。イギリスなどは中国に権益を持っているので、日本の権益を否定は出来ないわけですね。そして、日本と中国の間で、満州における中国と日本の権利・利益・責任を明らかにする条約を結ぶことを求め、満州の自治については“満州に於ける政府は支那の主権及行政的保全と一致し、東三省の地方的状況及特徴に応ずる様工夫せられたる広汎なる範囲の自治を確保する様改められるべし。”として、満州を中国本土とは別に扱うことを述べています。リットン調査団の報告は、中国の主権を侵さない形をとりながら、実質的には日本の利権を認める内容になっていたことが分かると思います。(報告書の訳は「リットン調査団報告書全文」 朝日新聞社1932年刊に収録された“外務省仮訳文 国際連盟支那調査委員会報告書”による)

  我が代表堂々退場す
 昭和7(1932)年11月21日、国際連盟総会で報告書についての審議が始まります。総会ではチェコやアイルランドが報告書の全面採用を主張しますが、イギリスやフランスの態度は曖昧です。12月には、ドラモンド国際連盟事務総長(イギリス人)と杉村陽太郎事務次長が、満州国不承認の部分を除いた妥協案を作りますが、中国の反発で実現しませんでした。国際連盟自体が常任理事国である日本に肩入れしているようですね。
リットン報告書の審議は“19人委員会”に委ねられますが、前述のように、昭和8(1933)年1月に起きた山海関事件や熱河問題で国際連盟の態度は硬化します。その結果、2月14日に19人委員会は、満州に対する主権は中国に属することを前提に、“(甲)満鉄付属地以外からの関東軍の撤収、(乙)満州に日本や第三国が持っている利権を考慮して、中国の主権と両立する自治機関を一定期間設ける”(「日本外交年表並主要文書・上」外務省編 原書房1965年刊による)などの勧告を含む報告書案を発表します。日本政府はこれを受けて2月20日、報告書が採択された場合には国際連盟を脱退することを閣議決定しました。
 2月24日、国際連盟総会で報告書案の採決が行われ、イーストマン議長は“賛成42票、反対1票、棄権1票、欠席12国、報告書は規約の規定により満場一致を以て可決された”と宣言します。一寸待てよ、国際連盟は全会一致でなければ決定できないはずなのに、と思って規約を見ると15条で紛争当事国は除くことになっていました。そこで“満場一致”という形容になったようです。
169-2.jpg 議長宣言が終わると、松岡洋右代表が立ち、採択された報告書を受諾することは出来ないとし“日本政府は日支紛争に関して国際連盟と協力せんとする其の努力の限界に達したことを感ぜざるを得ない”とする宣言書を朗読すると、総会の場から退場し、長岡、佐藤両代表もこれに続きました。
翌日の「東京朝日新聞」には、“総会勧告書を採択し 我が代表堂々退場す”“連盟よ、さらば!遂に協力の方途尽く”“松岡代表鉄火の熱弁 勧告書を徹底的に爆撃”“松岡代表愈々起つ 闘志満々たるその姿”、等と勇ましい見出しが踊り、松岡代表を英雄扱いしています。「東京日日新聞」も、“絶縁の宣言を朗読 わが代表決然退場”“愈々連盟脱退”と負けていません。では、その日にパリに引き揚げた当の松岡代表はどのように思っていたのでしょう。
 
  松岡代表は反省か…
 169-3.jpg アメリカに渡った松岡は、3月24日の記者会見で次のように語っています。“作り事に惑わされず現実に向き合う多数の国際連盟の加盟国や、物事を慎重に考えるリーダー達は、日本に敵意を持ってはいないし、日本の脱退を本当に残念に思っている。また我々も脱退したことを遺憾に思っている(regret)。我が国は国際連盟の最初からのメンバーであり、我が国の代表はベルサイユ会議で連盟の規約を作るのに加わってもいる。我々は、これまで国際連盟の崇高な目的を熱心に支持し続けてきた。我々は脱退したあとも、この点では国際連盟と同じ道を歩むつもりだ。我が国は、今後も平和の大義を提唱し平和のために活動を続けるつもりである。”(「ニューヨーク・タイムズ」1933.3.25)。後半の言い分は採決後の宣言と同じような内容ですが、前半で言っている“ regret"は“後悔”の意味もあるので、松岡が記者団にどちらの意味を込めたのかは分かりませんが、自らの行動はまずかったと表明しているように思えます。
松岡は、政府が国際連盟脱退を決定したとの報を受けて“我々は全力を尽くした点で遺憾はないが自分はあの結論をもって決して成功したものとは思っていないし、むしろ失敗だとさえ考えている。帰朝したらその点を謹んで陛下に御わび申し上げ、国民に謝する心算だ”(「東京朝日新聞」1933.3.29)と語ります。失敗だとさえ考えているのだから、後悔と訳すのが妥当でしょうか。松岡洋右はこの時点では冷静に先を案じている様子です。 
昭和天皇は、3月8日に内大臣牧野伸顕を呼び“国際連盟において、日本を除名する如き極端な処置を取る懸念もなく、熱河問題も一段落したため、脱退につき一応再考の余地なきや”と下問します。牧野は“日本の連盟脱退は既に不可避である”と奉答しています(「昭和天皇実録」第6巻)
こうして先の見通しも立てないままに、3月27日、政府は国際連盟脱退を連盟に通告、連盟を離脱するとする詔書を発布し、国際社会から孤立する道を進みます。

写真上   皇軍承徳より長城に向かう       「東京朝日新聞」(1933.3.8)
写真2番目 大国日本脱湯の図(岡本一平)    「東京朝日新聞」(1933.2.22)
写真3番目 松岡洋右                 「New York Times」(1933.3.25)



nice!(1)  コメント(0) 

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。