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日めくり汀女俳句 №20 [ことだま五七五]

二月二十五日
春暁の厨(くりや)しづかに意のままに
            『汀女句集』 春暁=春
 朝、台所に起きてくるとぱーっと明るい光が台所全体を輝かせている。外は冷たい北風の舞う朝なのに台所にだけ春が先取りしている。
 家を建てた四十年前、私はどうしても二階に居間と台所を作りたかった。ふんだんに目の当たる家が欲しかったのだ。二階に台所と居間なんて不便でしょうがないじゃないの」汀女は最後まで納得しかねる顔だった。
 当時そんな家は稀だった。正面切って反対しなかったのは、わがままがむき出しになる嫁の性格を知っていたのだろう。

二月二十六日
靴紐(くつひも)を結ぶ間も来る雪つぶて
              『春雪』 雪礫=冬
              しやてきぼ
 私の家の辺りは昭和十年頃は射的場と呼ばれ、道路から一段と低くなった一帯は小さい川のある草原で子供の遊び場だった。
「あんたの旦那さんはいつもその土手を斜めに走っておんなさった」。汀女が笑いながら話した。長男湊一郎は十歳、その時私は三歳、同じ大森山王にいた。赤い糸はどこかでつながっていたのだ。
 昭和十一年、二二六事件の日、汀女の夫重喜は次の赴任先である仙台へと発った。毎日のように私は駅に向かう道を通る。汀女が歩き、私の父も、そして幼かった夫も歩いた道である。

二月二十七日
指にふとしかと鉛筆吾にも春
           『薔薇粧う』 春=春
 私の友人にもワープロやパソコンを使う人が増えてきている。読みにくい生原稿よりずっと効率がいいと笑う。でも、私は原稿用紙の升目を埋めていくのが好きである。
 父は万年筆一辺倒だった。それもシェファーとかウォーターマン、酔っ払うと人に物をあげたがった。とりわけ万年筆は好対象だった。次の朝けろりと忘れて探し廻っていた。
 父は子供の頃鉛筆をかじる癖があったと随筆にも書いている。父の持っている鉛筆はどれもかどがなかったそうだ。その頃の友人に久しぶりに逢った時「おいシロさん、まだ鉛筆かじっとるかや」中の一人が聞いた。

『日めくり汀女俳句』 邑書林

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