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私の中の一期一会 №173 [雑木林の四季]

          大阪・富田林警察署から逃走した樋田淳也容疑者はどこに?
    ~「面会が長過ぎる」と署員が接見室を覗くと部屋には誰もいなかった~

              アナウンサー&キャスター  藤田和弘

 大阪・富田林警察署の面会室から男が逃走した事件は発生から20日も経つのに、一向に捕まる気配がない。
 全国に指名手配されている逃走犯は樋田淳也容疑者(30)という身長163センチの、どちらかというと小柄な男だ。
 樋田容疑者は12日の午後7時過ぎから、富田林署2階にある接見室で弁護士と面会していた。
 接見が終わって、弁護士が退出したのは午後8時ごろだったらしいが、警察は弁護士が帰ったことを確認していない。
 12日は日曜日だったから、警察署員の数も普段より少なかったのかも知れないが、容疑者にまんまと逃げられてしまった大失態は許されるものではないだろう。
 30日のニュースによれば、樋田容疑者の手書きによる‟8月のカレンダー形式のメモ”が残されていたことが分かった。
 メモは3日ごとに留置業務を担当する署員の当直シフトが記入してあり、12日の当直者に「印」がついていたという。このことから監視の目が甘くなるタイミングを見極めて“決行の日を探っていた”らしいことが分かる。
 要するに「いつか逃走してやろう」と機会を伺っていた「計画的逃走」だった疑いがあるという訳だ。
 面会が終わった時、弁護士には「接見が終わったことは自分から知らせるので、先に帰っていい」と伝えて、一人きりになる時間を意図的につくったとみられている。
 朝日新聞デジタルによると、手書きメモは樋田容疑者が逃走した後しばらくして見つかったという。折りたたまれてトイレの仕切り部分の隙間に挟み込むように隠されていた。
 何日も前から、細かく入念に計画していたフシがあり、「なかなかやりよるなあ」と妙に感心させられる。
 弁護士が帰った後、大胆にも面会室のアクリル板を蹴破って、警察署の裏口から逃走した。2~3メートルある警察署の塀も乗り越えてしまった。
  31日で逃走から20日になる。顔写真もニュースで公開されているのに、樋田淳也容疑者がどの辺りにいるのかさえ、全く分からないようである。
 大阪府警富田林署は、連日3000人態勢の捜査を続けているが、容疑者の足取りは2週間前に途絶えたままだ。
 府警に寄せられた「樋田容疑者では?」という情報は、30日現在で約1700件に及んでいる。
 捜査員たちは、どんな情報も疎かにぜず一つ一つ潰していく地道な捜査をしているが成果は上がっていないのだ。
 そろそろ3週間も経つのに、「警察は何をしてるんだ」という非難の声があがるのは当然だろう。
 樋田容疑者が脱走したことに気付くのが遅れた「初動遅れ」が大阪府警の杜撰な管理態勢を浮き彫りにする発端となった。
 12日午後9時45分頃、「面会が長いな」と感じた署員が接見室を見に行ったら部屋は空っぽだったのだ。
 接見室が無人だった約1時間45分の間、逃走に気付かなかったことが一番の問題ではないだろうか。
 通常は隣の部屋に署員が常駐しているが、あの日は誰もいなかった。
 留置場とつながる容疑者側のドアは外側から施錠されていたが、弁護士側のドアに鍵はかかっていない。
 接見室の扉は開くとブザーがなる装置があったが、富田林署では音が耳障りだと1年ぐらい前から電池を抜いていたというから開いた口が塞がらない。
 留置場からの脱走など想定外だったとしても「管理態勢が余りにも杜撰だった」ことは間違いないのだ。
 樋田容疑者は、5月から留置されていたらしいから、それらのことを知っていた可能性も十分にある。
 初動遅れは、次々に「遅れ」の連鎖となる。110番通報してパトカーなどに大阪南部に特別配備の呼びかけを行ったのが9時50分頃だから、逃走犯にしてみれば約2時間も追われずに移動出来たことになる。
 富田林署が脱走を発表したのが、日付が変わった午前0時55分、接見終了からは約5時間も経っていた。
 住民への注意喚起メールが流されたのは、13日午前6時28分であった。
 富田林署の初動遅れのモタツキが、逃走した樋田容疑者に長時間の余裕を与えてしまい、足取り追跡を難しくしたのでははないだろうか。
 彼は赤い自転車を盗み、黒いバイクも盗んで移動しながら、何回かひったくりをしたとみられている。
 4万円ほどの現金を手にしたという情報もある。
 署員の私物の帽子やスニーカーも無くなっていたし、警察署の近くで衣類の盗難もあったというから手配時の服装のままだとは考え難い。
 赤い自転車は乗り捨てられていたが、黒いバイクは見つかっていない。まだバイクに乗っているとすればれば、行動範囲は広いと考えねばならない。もう関西圏にはいない可能性だってあるのだ。
 大阪市西区で30日夜、大阪府警の追跡を受けていたバイクが転倒する事故があり、運転していた17歳の高校生が死亡した。
 30日午後8時半ごろ「黒っぽい服装、銀色のラインが入ったヘルメットを被り、黒いスクーターに乗った樋田容疑者に似た男がいる」という通報が府警港署に入った。
 夜9時20分頃、大阪市港区の路上でパトカーを見て逃走する不審なバイクを発見。追跡を開始するとバイクは一方通行を逆走したり、信号無視をするなどして逃げたため「樋田容疑者の可能性がる」とみてパトカーは赤色灯をつけて追跡した。
 約5分後、西区安治川の市道でバイクがバス停に衝突して転倒した。バイクを運転していたのは高校生で、頭を強く打っており病院で死亡が確認されたという。
 事故の現場は緩やかなカーブだが、バイクは猛スピードだったため曲がり切れなかったらしい。
 バイクは7月に盗難届が出されたもので高校生は無免許であった。
 2007年にイギリス人女性リンゼイ・アン・ホ-カ-さんを殺害して逃亡した市橋達也が2年7カ月も捕まらなかったことを思い出す。
 市川市のマンションに踏み込もうとした捜査員を振り切って市橋は逃げ出した。すぐ摑まるだろうと思ったが、そうではなかった。逮捕されたのは09年11月であった。
 2年7か月間の逃亡生活は、北は青森から南は沖縄の離島まで全国津々浦々に及んでいた。
 漫画喫茶などで情報を収集することもあったが、警察の気配を感じるとすぐに身を隠したという。
 山の奥深くに隠れ何日も野宿して過ごした。鉄道を使うのは危険とみれば、ひたすら歩いて移動した。
 自首する気は全くなかった。
 マスコミは、彼が女装しているとか海外に逃げたなど、憶測をタレ流していたがそんなことはなかった。
 九州で顔の整形手術をしようとして怪しまれ。その後また沖縄の離島へ行こうとして、大阪のフェリー乗り場で逮捕されている。
 建設作業などで生活費を工面したが、決して親しい人は作らなかった。強い意志と用心深さで長期の逃亡を続けたが、はやり逃げ切ることは出来なかった。
 樋田容疑者は窃盗と強制性交の容疑で逮捕され拘留されていたのだ。刃物で脅して若い女性に性的暴行をはたらく不届き者だ。
 樋田淳也は逮捕歴も多く、刑務所からこの4月に出所したばかりの犯罪常習者である。
 富田林警察は、猛獣を野に放ったに等しい失態を犯した。早く樋田淳也の身柄を拘束するしかない。

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笠井康宏

藤田さん、こんばんは。樋田容疑者は中々捕まりませんね。富田林警察の大失態ですが、ナアナアでやっていたツケが回って来た感じがします。私は東京都の警察の推薦を高校からもらっていました。試験は蹴りましたが、もし仮に警官になっていたらどういう人生だったかな?と考えることがあります。ミスが許されない仕事ですから、富田林警察の皆さんは大変だと思いますよ。警官でなくて良かったと思います。ゾッとします。
by 笠井康宏 (2018-09-02 17:49) 

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