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ZAEMON時空の旅人 №8 [雑木林の四季]

第三章 ピルグリム三世つづき

                                       文筆家  千束北男

                              (三)
「時間というものが、前後だけに、つまり、縦列一本で進行しているという考えでは、いつまでたっても、タイムマシンや、惑星間宇宙船は完成しはしない。光の速度をはるかに超える高速、つまり、超速を必要とするからだ。光速や、最近ようやく存在が確実になったニュートリノなどは論外、というような超々スピードでなければ、時間を追い越すことは不可能なのだ。つまり、スピードで時間を超ええよう、と考える地球人の物理学では、どこまで行ってもこの理論はあきらかにできない・・現に光速は、せいぜい秒速299792,458キロメートル、つまり・・」
「約、30万キロでございます、艇長」
「に過ぎないのだから・・・つまり・・」
「どんな推力のロケットを作っても、遅すぎて使えないということです」
ZAEMONが言葉を繋ごうとした瞬間をねらって、ボクはすかさず、
「ワームホールは使えないの?」
と口に出してから、
「しまった!」
と思ったのですが、おそかったのです。
ZAEMONが、我が意を得たりとボクを指さしたのです。、
「でかしたぞ!ハヤト君!わかってるじゃないか!まさしくワームホールだ。 ワームホールは、アインシュタインの相対性理論などから考えられた、時間的に離れた二つの穴をつなぐトンネルと考えていい」
ここで、突然、ZAEMONが、両手を上げて空を振り仰いだのです。まるで、天上の誰かに呼びかけるように。
「もうちょっとのところだったのだよ、アインシュタイン!もうちょっとで、ワシも、ワシ自身の宇宙船も、完璧になるところだったのだよ!アインシュタイン!せめて君があと十年生きていれば、地球温暖化の重大犯二酸化炭素を発生しない核分裂エネルギーの研究を完ぺきなものにして地球を救えたかも知れぬのに・・きみは、核爆発という破壊の手助けをしたところで地球から飛び去ってしまったのだ・・ああ・・」
(とつぜん、ZAEMONの声が感情的に乱れたのは、あの、相当な費用を注ぎこんで廃墟になった鏡だらけの実験棟や、屋根の抜けたサイロ・・・失敗と挫折の日々を思い出したのにちがいない)
とボクは思ったのです。それにしても、あの偉大な科学者アインシュタインを、名探偵シャーロック・ホームズが、ワトソン君!とやるみたいに呼ぶZAEMONとは、一体どれほどの科学者だったのだろう・・それとも・・・
「エキゾチック物質がカギだったのだ!」
また、ボクの考察を遮って、ZAEMONの口から新しい単語が飛び出しました。
「ワームホールを開いたままの状態にしておく物質です」
と、すかさず徳治さんの解説が入ります。
「つまり、反重力の負のエネルギー、つまりマイナスエネルギーのことだ」
「これが失われると、ワームホールは消えてしまう。とだけ理解していただけば充分です」
まるで熟練した同時通訳のように、徳治さんの解説がZAEMONの難しい話を、解りやすくしてくれます。
「タイムマシンを間違った理論で作ると、完成すると同時に、真空のゆらぎのためにたちまち自爆してしまう危険性がある。つまり・・つまり・・」
「つまり、艇長のおっしゃりたいことは、バルタン星人の宇宙船の移動は、重力バランスの移動であって、速度の移動ではないのだということ・・でしょうか」
眉ひとつ動かさずにZAEMONの話しに聞き入っていた転校生夏樹香織さんが、低いトーンで、冷静に尋ねるのです。いったい夏樹香織とは何者なのか・・・ボクの興味は、その方向に向かいます。
「そう! そのとおり。ごくごく簡単にいえば、過去、現在、未来が同時に進行しているのだから、時間の旅は、わずかな時間軸移動だけでよろしい、というわけだ。同軸で回る隣の歯車に飛び移るときに生ずるかもしれないごく僅かなずれは、彼らの宇宙文明では、「揺れ」という言葉で処理される極微細なものなのだ」
「バルタン星人などの、先進文明を持つ生命体の棲息あるいは居住する惑星には、すでに惑星間高速移動網が出来あがっていて、中間点には、接続(ハブ)ステーションがたくさんあり、各惑星の生命体がネットワーク的に交流し始めている、と称える人もいます」
ちょ、ちょっと待ってください。
山本久美子先生! これほどの知識をそなえた小学六年生って、いままで受け持った中にいましたか? すくなくとも、ボクたちの周りには、皆無ですよね・・・
ひょっとすると、ZAEMONが夏樹香織さんをピルグリム三世号のゲストに迎えたのは、ひ孫のボクのあこがれの先輩だからなどという甘い親切なんかじゃなくて、なにか他にもっと重大な目的があってのことかもしれない。とすれば、その目的とは・・・
なんだか急に、ボクには、夏樹香織先輩までが謎めいて見えてきました。ただの天才少女ではない・・
「左様・・仰せのとおり、恥ずかしながら、もはや地球人の科学知識は、この宇宙で取り残されつつあるといっていいほど遅れているのだよ」
もうたくさん! これ以上詰め込まれたらボクの頭はパンクだ! 肝心なことは、これだ!
「ところで艇長、ピルグリム三世は、いつ出帆するんですか? ボクには、三日間しか時間がありませんが・・」
黙って聞いていると、際限なく続きそうな宇宙講話にピリオドを打ってもらおうと、質問してみたのです。
ボクはまだその時点では、たとえ、もしピルグリム三世と称するこの乗り物が本物だとしても、宇宙に向けての出航までは、ありえないと思っていたからです。ボクの許された休暇が、わずか三日間だということは、ZAEMONは百も承知のはずなのですから。
そのとき、ZAEMONの口から驚くべき答えが飛び出しました。
「ピルグリム三世号は、すでに出帆して航海中なのだ」
「ええっ!・・・・」
開いた口がふさがらない、とはこのことです。
しかし、
ZAEMONの顔を見ると、真顔ではありませんか。
「・・・・」
徳治さんは、見ると、これも、ボクを見返して深くうなずいてきます。
「・・・・」
夏樹香織先輩も、平然としているのです。
「じょ・・じょうだんじゃ・・」
思わずボクは、座席から立ち上がりそうになりましたが、シートベルトが作動して、ぐっと引きもどされてしまいました。
たしかに、艦橋の操舵室中央にある棒状のものの頂点が、点滅しています。
しかし、音も、揺れも、感じないのです。
「ZAEMON! これはいったい、どこまでが本当で、どこまでがジョーダンなのか・・・ボクは・・」
言いかけたボクの口が、開けられたままフリーズします。
信じられないものを見たからです。
たったいま、暖炉の上の木靴の上に坐っていたバルタン星人ピピンとパパンのフィギュアが、いつの間にかZAEMONの両肩の上にいるのです。そうです。いつの間にかそこに移動してきているのです。しかも、動いている! ということは、かれらは、フィギュアではない!ということです。すなわち、身長30センチに満たない小さな生きたバルタン星人!ということです。
あの、実験室の鏡の中に無数に映っていたバルタン星人のフィギュアは、いま、目の前に、ここにいる、ふたりのバルタン星人だったのです。
神出鬼没という言葉を思い出します。いつどこにでも現れるのです。
「コンニチワ、 ミズシマ・ハヤト君!」
こうして声を揃えて挨拶する、生きているバルタン星人ピピン、パパンだったのです。声をそろえて、挨拶する、と書きましたが、声は聞こえませんでした。でも、ボクの頭の中に、たしかに聞こえたのです。念送(ねんそう)念送とでも名付ければいいかもしれません。
「こんにちは、ピピン、パパン」
ボクより先に夏樹香織さんが挨拶を返したのは、かれらから、彼女の頭の中にも同時に、「コンニチワ」にあたる信号が送られたからに違いありません。
「こ、こんにちは、ピピン、パパン」
ボクは、あわてて声に出したあと、思わず、
「クリストファ・コロンバス!」
と、心の中で叫んだのです。パパが、驚いた時の表現として使う英語です。なにかの本に、
「おったまげた!」
とありました。いま、ボクがとりあえずそんな単語を思い出したのは、そのほかに、ほんもののバルタン星人に出会った驚きを表す言葉が見つからなかったからなのです。
ところが、おったまげることは続いて起こります。
ふたりのバルタン星人が、大笑いしたのです。あきらかに、僕の心を読みとったのです。読想(どくそう)読想とでも名付けたくなりました。この先、油断なりません・・・ 
         
                  第四章 バルタン星人登場!

まん丸な眼と、セミに似て二つに分かれたとんがり頭、ザリガニのはさみのような両腕。
でもテレビの中のバルタン星人はこんなに小さかったか?ボクのイメージでは、すくなくともボクよりも大きいはずでした。
「がらが小さいので、しばしば子供に間違えられるが、立派な大人の双生児で、ピピンが兄、パパンが妹、宇宙船の操縦に関しては、バルタン星でこの二人の右に出るものはない」
ZAEMONが紹介しているうちに、二人が操縦桿に取りついて、あれこれ操作しながら歌いだしたのですが、
これが、なんともふしぎなメロディーと歌詞でボクには、もちろん意味もわからないし、情感の持ちようが無いというか・・・
「バルタンの舟歌(ふなうた)舟歌です。馴れてきますと、これはこれで、なかなかいいもので・・・」
と、徳治さんが、曲にあわせてなにか口ずさみます。
何十分の何拍子なのか、地球人のボクたちにはなじみのないせわしなく不規則なリズムと、奇妙に変化するメロディーラインなのですが、ふしぎに、いらだたしく神経にさわるものではないのです。
小さな双子のバルタン星人ピピンとパパン! 彼らの操縦で宇宙への旅に出る。しかも、同乗するのが、夏樹香織先輩。
山本久美子先生! これは決してファンタジーではありません。現実にボクの身に起こった出来事の日記なのだ、ということを、あらためてもうしあげます。
これではもう、ピルグリム三世がほんものの宇宙船であろうとなかろうと、ボクの奇妙な曽祖父ZAEMONが巧んだ、なにか素晴らしいイベントに招かれたのだ、と信じて乗っているほかないじゃありませんか。
「な、なに、バルタン星人が操縦する宇宙船だって?!」
パパが聞いたら、興奮しすぎて卒倒するか、あるいはひょっとすると反対に、羨望のあまりつかみかかってくるかもしれません。
「あっ・・・」
そのときボクは、重大なことを思い出しました。
「ZAEMON! 三日間しかないんだよ!ぜったい三日間で帰るって、ママに誓ったジャン!」
「ははは、心配することはない。誓いなどというものは、破るためにある・・・」
「だめ、だめ、心配するよ、ボクは! そんなことになったら、家族旅行にいかれないジャン!」
夏樹香織さんの前で、ジャンことばで、だだっ子のように取り乱したくはありませんでしたが、水嶋家にとって夏休みの家族旅行は全てに優先する行事なのです。それがだめになることは、許されません!
まして、こんな、カボチャ風な乗り物に乗って空を飛ぶなんて、ママが、
「保険は掛かってるんでしょうね!」
から始まって、反対理由を30項目以上は並べるにきまっています。行き先が宇宙だなんて、とてもいえません。ママでなくても、誰が信じるでしょう。
「ぜったい、ダメ!」
我が家では、ママのこのひとことが出たら、すべてが終わりです。
「ZAEMON! これだけは断わっておくけど、怖がってるんじゃないんだよ、ボクはそんな臆病者じゃない、ぜったいに!」
なにしろ夏樹香織さんの前ですから、それだけは、ハッキリしておかねばなりません。
「だいじょうぶ! ミズシマ・ハヤト君。当然三日後の予定時刻に、さっき私たちのいた地球上の時点に戻ってくるように、プログラミングしてあると思う。そうですよね、艇長!」
「なんと、おどろいたことに・・」
というフレーズは、ボクたちの担任、山本久美子先生の十八番なんですが、まさに、なんと、おどろいたことに、夏樹香織さんが、操縦桿に取り付いているバルタン星人ピピンとパパンの肩に手をかけながら、涼しげな声でそう言い切ったのです。
でも正直のところ、そのあと、ボクの身体がぶるぶるっと震えたのは、武者震いだったのか臆病風だったのか、一応ここは、一瞬、戦慄がはしった、と書いておきます。
ピピン、パパンの歌にひきかえ、航海中のピルグリム三世はじつに静かです。エンジン音とか、噴射音らしきものが、まったく聞こえないばかりか、それふうの振動もないのです。

「そろそろ、われわれのミッションについて話さなければならないだろう・・な・」
ZAEMONが切り出しました。
「はい、わたくしも、その頃合いではなかろうかと・・」
ZAEMONが、まるで自分の影と問答しているような、徳治さんとのやりとりです。
「ハヤト。香織さん。よく聞きなさい。実は、君たちには、大変重大な任務(ミッション)任務が課せられているのだ」
ミッション! そらきた! と思いました。
やはりこれは、ZAEMONが巧んだすばらしいトリックのミステリー・ツアーとか、スパイものみたいなイベントだったのだ。いま、テレビや映画で人気のある刑事ドラマ「ご同輩!」のように、ボクと夏樹香織さんがコンビになって、犯人探しの旅に出る。いや、ミッションというから、ひょっとするとスパイ・アクション風のものか・・・そんな類の夏休みイベントが用意されているに違いないと思ったのです。楽しむだけ楽しんで、時間切れになったところで、途中下車すればいい・・
「重大ミッションを帯びたわれわれの旅で遭遇するすべての出来事は、ゲームでも、遊びごとでもない、その時そこの現在で起こっている現実(リアル)現実の出来事なのだ、ということをまず言っておきたい。時空の旅でそこをあやまると、取り返しのつかないことになる」
ZAEMONが、また、僕の心の中を読み取っています。
「さきほどの、バームクーヘンにたとえた時間の理論を思い出してください」
「過去、現在、未来が、同時に経過している、ですね?」
夏樹香織さんの頭の回転の速さは、あきれるばかりです・・
「ところで、諸君にあたえられる重大なミッションを明かす前に、まず、このピルグリム三世について、言っておかねばならないことがある」
なぜか、ここでZAEMONは、今までの威厳に満ちた態度と違った、なにか、膨らんだ風船が急にしぼんでゆくような深いため息をついてから、
「つまり、普通の人たちが宇宙船と呼ぶ、時空を旅するマシーンに関しては、残念ながらわれわれ地球人の研究は、先進文明を持つ異星人には遠く及んでいないという現実だ・・・」
そこでまたひとつ、さらに長いため息が入ります。
「じつは、この、ピルグリム三世にしてからが、本当のところ、私の作ったマシーンではなく・・つまり・・いうなれば、もらいものなのだ・・」
「もらいもの? なに? どういうこと? それ・・・誰からもらったんですか?」
「・・・・・」
「・・・・・コホ・・」
黙りこんだZAEMONの代わりに、徳治さんが小さく咳き込みますが、なぜかここでは、ZAEMONの代弁をしません。
「コホン・・・」
徳治さんのこんどの咳は、ZAEMONに何かを促すように聞こえました。
やがて、沈黙に耐え切れなくなったZAEMONは、消え入るようにちいさな声でつぶやきました。
「つまり・・いま、われわれが乗っている、このピルグリム三世は、私、水嶋次郎左衛門の創った宇宙船ではなく、バルタン星人の宇宙船なのだ・・・」
「え?」
ZAEMONが何を言い出したのかわかりませんでした。
「つまり、借り受けたと言うか、要するに彼らが創りあげた宇宙船だと言うことだ」
胸につかえていたものを吐き出すような、ZAEMONのくるしそうな言葉です。
「バルタン星人からの借り物だっていうの?」
ZAEMONの口から飛び出した意外な告白に、ボクはびっくりしたのですが、なぜか夏樹香織さんは、まるでそのことが想定内だったかのように、ぜんぜん動じません。
(なぜ、バルタン星人の宇宙船に・・・)
ピピンとパパンに視線を送っても、かれらは、操縦に専念している素振りです。
「私のピルグリム三世は、ストリクト星人の攻撃の前に、ひとたまりもなく大破してしまったのだ」
「ストリクト星人? 攻撃? 」
やがて、ZAEMON自身の口から、驚くべき体験と告白が、その場面場面の微妙な感想
とこまかい情景描写をまじえてながながと続いたのですが、ここであまりにも多く日記のページ数をふやすのは、せっかく時間を読んでくださる山本久美子先生に申し訳ないので、ZAEMONの心情をぬきにして簡潔にサマライズすると、以下のようになります・・・
                   つづく


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