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はてしない気圏の夢をはらみ №7 [文化としての「環境日本学」]

桃源郷

                               詩人・「地下水」同人  星 寛治

いまぼくの指先に残るのは
紺碧の海をはらんだ
奄美徳島のラム酒の匂い、
けれどもぼくの瞳に潤むのは
黄土と砂の大地を
ひたひたと延びる白い道

シルクロード西域南道、
仏典の聖地にこがれ
パミールの雲を胸で分け
むかし求法僧の越えたみち
そこをぼくの天馬は翔んでゆく

カラコルムの岩肌を
削りつつ流れる氷河
その渓谷を扇状に抱いて
らんまんの春がひらける
フンザはまばゆい杏の国だ

耕して天にいたる畑、
鍬を打つ男たちの
仙人の髭(ひげ)に汗がつたう
石垣の踊り場に腰かければ
そよ風が語りかける

香の花があふれる季節
恋をするのは若者たちだが
百歳の老人の目にだって
一杯の青空が広がっている
豆畑で女たちがうたう歌は
いつも鳥たちと共演だ
「そうだ、
 いま摘んだ若菜に山羊の乳
 干し番の粥に小麦(ダウド)のスープ
 おいしい昼餉をつくらなけりや」

青い果実が熟れる季節
村中が甘酸っぱい香でみちみちる
「もう総出で摘み取りに出ようよ、
 向うの屋根も
 干し杏の黄金色に染まったぜ」

祭りがすんで
カラボシの風が吹きおろしても
土壁の部屋はあたたかい
いろりの炎を囲み
かたいナッツをほほぼり
山羊乳のチーズをふくみ
濃い水(秘酒)をたのしむ
悠々の時空の流れ
夜が来れば眠ればいい
バルチットの故城も
白い山々も眠りについた

幾千の薬物も
白い巨塔もないが
美しい高地の村に
ひとも草木も
鳥も虫も共に生きる
長寿の国のあかりが見える

ふと目ざめたぼくの指から
もうラム酒の匂いは消えていた
さわがしいテレビの音量の向うに
しんしんと雪のふりつむ気配

『はてしない気圏の夢をはらみ』世織書房


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