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四季つれづれ №31 [ことだま五七五]

襟巻               

                                俳人・「古志」同人  松本 梓

    狼をしたがへて神旅立ちぬ
   
    狛犬の夜は駈けをらむ神の留守      狛犬・・・こまいぬ
   
    着飾りし姉ながめをり七五三
   
    七五三ときどき母をふり返り
   
    工作の竹馬を駈り校庭へ
   
    竹馬を競ふ跣となってをり        跣・・・はだし
   
    尻尾あるロシヤ土産の毛皮帽
   
   
  戦前、父は川獺(かわうそ)の襟巻をしていた。ソフト帽にインバネス、首に巻いた毛皮は見るからに温かそうであった。やわらかな薄い焦茶色、密でなめらかな毛は手触りもよかった。20センチ位の幅で平たい形には短い手がついていた。今、絶滅と言われている川獺は高知の四万十川の流域に棲息していたというから、毛皮も四国では普通に求められたのであろう。子規が俳号に獺祭(だっさい)を使っていたのも、季語だけではなく実際に見ていたのかもしれない。父の襟巻をそっと巻いてみるとやさしく温かく、かすかに煙草の匂いがした。
  母は銀狐の襟巻をもっていた。子供心にも色がしゃれていると思った。首に巻いて尻尾近くにある留金を狐がくわえると、右肩寄りに狐の顔が来る。鏡を見て狐の顔の位置を二三度直し「じゃあね。」と言って出かけて行った。帰宅するとさっさと箪笥の開きにしまって、子供が触れることはなかった。父母が愛用していた毛皮の襟巻も、戦争がきびしくなると満州にいる兵士の防寒用にと供出した。
  戦後、鳴尾の競馬場の獣医をしていた叔父は宝塚に住んでいた。私が結婚の挨拶に行った時、狐の襟巻をお祝いにくれた。叔父は猟犬を2匹飼っており、宝塚の山で仕留めた狐だという。私は何となく使う気になれず、何十年も仕舞ったままでいた。先日、もう処分しようと出しておいたのを、娘がほしいと言って持って行った。私はやっと日の目をみることが出来た襟巻にほっとした。


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