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往復書簡・記憶に架ける橋 №3 [核無き世界をめざして]

記憶に架ける橋3

                         原爆の図丸木美術館学芸員 岡村幸宣
和泉舞さんへ

美術館のまわりの木々が、少しずつ色づきはじめてきました。
しばらく出張に出ていたので、お返事が遅れましたこと、お詫びいたします。

土曜日に、大阪大学大学院の研究会に呼んで頂き、関西に行ってきました。
「被爆体験とその表象」をテーマにした研究会です。
私は、《原爆の図》の誕生から1950年代はじめの占領下の時代の全国巡回展についての発表をしました。
そのとき、いっしょに発表されたのは、在韓被爆者の方々を映像に記録する活動を行っているイトウソノミさんでした。
研究会では、丸木夫妻が「原爆を描いてよかったのか」という葛藤を抱え続けていたことに触れたのですが、翌日、イトウさんから、「わたし自身も、その思いが常にあるから、とても興味をひかれました」とのメールを頂きました。
メールを読んだとき、和泉さんが「原爆を表現することなんて絶対に無理なんだからおやめなさい」との電話を受けたという話を思い浮かべました。
原爆を表現する際、とりわけ、原爆投下の瞬間に立ち会っていない人が表現する際には、かならず突きあたる問題なのかも知れないと、あらためて感じました。

日曜日には、愛知県の一宮市三岸節子記念美術館で開催されている「生誕100年丸木俊展」でギャラリートークを行いました。
位里さんとの共同制作に注目が集まりがちな俊さんにとって、初めての個人の回顧展でしたが、とても充実した内容の展覧会で、トークにもたくさんの方が来場して下さいました。もちろん、個人制作の作品だけでなく、原爆の図第2部《火》も出品されていました。
その日の夜にも、名古屋市内の小さなスペースで《原爆の図》と非核芸術についてのトークを行いました。
昨年の3月11日を機に、非核芸術が注目されつつあることには、複雑な思いもありますが、しかし、これまでほとんど核に対峙する芸術が注目されてこなかったことを思うと、たしかな変化の兆しも感じています。

せっかく関西方面に足をのばしたので、月曜日には、京都で詩人のアーサー・ビナードさんの講演会を聴きに行きました。
ギャラリー・ヒルゲートでも開催される「生誕100年丸木俊展」の関連企画です。
講演のなかで、アーサーさんは「原爆は、過去の出来事を語り継ごうと思っては風化してしまう。原爆というレンズを通して今を見ることが必要だ」とおっしゃっていました。
アーサーさんは、今年の夏に童心社から『さがしています』という写真絵本を出版されています。
広島の被爆者が遺した遺品の声を“聴く”という興味深い取り組みで、アーサーさんの詩がそれぞれの遺品の写真に添えられているのです。
絵本の写真展を丸木美術館で開催した際にもトークイベントを行ったのですが、そのときにも、彼は同じ話をされていました。

和泉さんをはじめ、原爆に向き合い、表現をつくりあげようとする人たちが、「よかったか、悪かったか」と葛藤されるのは、もっともなことだと思います。
「表現することなど無理なのだから、そっとしておいて欲しい」と思われる体験者の方がいることも、わかるような気がします。
けれども、核に対峙する表現というのは、過去の死者たちへの追悼であると同時に、今を生きる、そしてこれからの時代を生きる者たちのためのものでもあると、
最近特に思うのです。

銀林美恵子さんと江戸川原爆犠牲者追悼碑のことを、お書きになられていましたね。
私も少し前に、銀林さんに誘われて、追悼碑を訪れました。
それまでにも、何度か銀林さんには「案内するから、ぜひ来て下さい」とお誘いを受けていました。
そのうちにかならず、と思いながら、なかなか足を運べずにいたのですが、そのときは、温厚な銀林さんにしては珍しく、「どうしても」と強く誘って下さったのです。
今度は行かなければならない、とただごとではない雰囲気を感じた私は、初めて江戸川区の滝野公園にある追悼碑を訪れました。
訪れてみて、江戸川区の皆さんの想いが込められた凄い追悼碑だと思い、「丸木美術館学芸員日誌」ブログに記事を書きました。
http://fine.ap.teacup.com/maruki-g/1275.html

それからしばらくして、銀林さんが持病の悪化で病院に入られたという知らせを聞きました。
被爆者である銀林さんが、どんな思いで私を追悼碑に案内して下さったのか。
銀林さんは、あのとき私にどのような橋を架けて下さっていたのか。
そんなことを、今もときどき考えます。

江戸川追悼碑.jpg

                               江戸川追悼碑


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