SSブログ

妖精の系譜 №69 [文芸美術の森]

イエイツと妖精物語の蒐集 1

       妖精美術館館長  井村君江

アイルランドの妖精物語

 一八八七年に、二十二歳のW・B・イエイツは、キヤメロット・クラシックス叢書の一つとしてアイルランド民話の編集を依頼された。このとき彼はクロフトン・クローカーの『アイルランド妖精物語』の復刻を考えたが版権の問題で方針を変え、これまでに出ている本や雑誌及び自分の蒐集した話のうち、神話・英雄伝説は除き、アイルランド各地方の農民や漁夫の間に口伝えで語られていた話(バーディック・テイルズ)や民間伝承物語(フォーク・テイルズ)、そして妖精物語(フエァリー・テイルズ)を自らの鑑識眼で選び、ときには訂正削除の筆を入れ、物語を内容から識別して編纂し、その中でアイルランドの妖精を初めて分類し体系化に努めた。これは、一八八八年に『アイルランド農民の妖精物語と民話』と四年後の一八九二年に出された『アイルランド妖精物語』として刊行されたが、イエイツ自身「この二冊はアイルランド民話の代表的な素晴らしい集録書だと信じている」と言うように、アイルランドの人々の遺産の宝庫であると同時に、古代ケルト民族の魂の記録である。一方ではこれらの書物は、十九世紀のアイルランドに起こっていた文芸復興運動を促進させ、またイエイツ自身の文学活動の出発とその後の源泉ともなっている。
 物語六十七篇、詩十三篇が収録されてお。、妖精や人魚(メロウ)、プーカ、バンシー、レプラホーン、ラナン・シーなど、アイルランド特有の超自然の生きものや、透視力(セコンド・サイト)を持った妖精学者(フェアリー・ドクター)や、魔女、巨人、地・水の精霊や幽霊などの他、聖者、英雄、戦士、王や王女が農民たちと関わり合う民間伝承のさまざまな物語が収められている。どれも超自然の現象と何らかの連関を持っており、目に見えぬものたちが目に見えるものたちと互いに交渉し合う幻想(ヴィジョン)の世界を形作っている。「アイルランドにおけるあらゆる種類の民間信仰(フォーク・フェイス)を、一望のもとに見渡せるように努力し編纂した」とイエイツは言っているが、ここにはアイルランド・ケルト民族の深遠で神秘な魂のあり方を、垣間見せてくれる物語の世界が広がっている。
 各項目に関して章ごとの冒頭に、詳しいあるいは短いイエイツの解説がついている。それらは詩人の眼を通した詩情あふれる興味深いものである。それと同時にこれはまたアイルランドに古くから伝わる超自然界の生きものを、解説した墓な文献でもある。各巻の最後に置かれた付記や「アイルランド妖精の分類」一覧もまた、妖精を「群れをなして暮らす妖精」と「ひとり暮らしの妖精」に二分し、さらにそれぞれの妖精にわたって容姿、性質から特色についてすべての物語から演繹(えんえき)してまとめたもので、十九世紀に初めて作成されたアイルランド妖精分類辞典の観がある。事実、ごく最近に発刊されたプリッグズの『妖精事典』も、キヤロリン・ホワイトの『アイルランドの妖精の歴史』も、アイルランドの妖精に関しては、このイエイツの解説をもとにしているほどである。
 イエイツが採録した作家の作品数の多い六人のうちでも、クロフトン・クローカーは十五篇でもっとも多い。少年の頃、クローカーは実際に自分の足で、コークやリマリック、ウォーターフォードなど南部諸地方を歩いて、その土地に伝承されている伝説・民話・民謡の蒐集につとめ、彼の書物はトマス・モアやウォルター・スコットの称賛を得ており、グリム兄弟によりその一部はいちはやくドイツ語に翻訳されている。彼の筆によって初めて、靴作りのレプラホーンや、死を予言して泣くバンシー、赤い帽子(コホリン・ドユリュー)をかぶった飲んべえのメロウや、酒倉荒らしのクルラホーンなど、数々のユーモラスで愛すべきアイルランド特有の超自然の生きものたちが、地上の人々の眼の前に紹介されたのである。
 「クローカーの作品のいたるところには美がひらめいている。それは優しい牧歌風の美だ」とイエイツは称賛している。月夜の緑の草原や青い海原の底で、妖精と人間が織りなす物語が、巧みな会話や叙情的筆を通して生き生きと描かれている。
 「クローカーとラヴァーは、そそっかしいアイルランド的な気取りを、思いつきの中にほとばしらせ、もの事すべてをユーモアを持って眺めた」とイエイツが描写したサミュエル・ラヴァーはダブリン生まれで、自ら詩を書き作曲して歌う才に恵まれた文学者であり、『白い鱒』のようにリズミカルな口調で幻想的な伝説を平明に素朴に物語っている。
 伝説についての本を著したフランセスカ・ワイルド夫人は、オスカー・ワイルドの母であり、夫ウイリアムもアイルランドに残る迷信に関する本の著者である。イエイツは彼女の書物にはケルト人特有の哀感が流れており、その語り口にはケルト民族のもっとも内奥の心を見るものがあるとして、高い評価を与えている。彼女の「民族の持つ神話・伝説は、その民族の魂と目に見えない世界との連関をよく見せてくれる」という意見にも共感を示している。
 ダブリンの年老いた本屋であったパトリック・ケネディは、消えていく伝説や民話などを惜しみ、その伝承文学保存に努めて、多角的に蒐集を行った人であるが、その中には他の国の民話と、物語の主題が共通するものが多くあるのは、興味深い。すなわち『怠け者の美しい娘とその叔母たち』はグリム童話の『糸くり三人女』と類似しており、『十二羽のがちょう』にはグリム童話の『十二人の兄弟』やアンデルセンの『白鳥』の物語と共通するものが見られよう。
 この他ついでに共通性の見られる話について触れるなら、ウィリアム・カールトンの『三つの願い』は、各国の昔話の中に見られる欲張ったために三つの願い事をふいにするという基本型を持つ話であろうし、ラヴァーの『ドゥリーク門の小男の機織。』にはイギリス民話の『一打ち七つ』との共通性が見られる。さらにダグラス・ハイドの『ムナハとマナハ』の構成にも、グリムやイギリスの昔話『ジャックの建てた家』の型との類似がある。またクローカーの『ノックグラフトンの伝説』のこぶを背負ったラズモアには、おのずとわが国の『こぶ取。爺さん』の姿が重なって浮かんでくるようである。もちろん、類似性を持たない物語にこそ、アイルランド民話の土着的面白味があることは言うまでもない。
 「文学的才能という点では劣るが、語られた言葉通りに物語を記述する驚くべき正確さの持主」というのが、ケネディに与えられたイエイツの評である。
 レティシア・マクリントツク嬢は、半ばスコットランド方言がかったアルスター地方の吉葉を正確に美しく書きとめ、それらは『ダブリン大学雑誌』に掲載された。
ダグラス∴イドはアイルランド初代の大統領となった人であ。、ゲール語の民話の正確な英訳に努め、『ムナハとマナハ』に見られるように、ロスコモンやゴルウェイのゲール語話者の語る言葉を逐語的に書きとめた。イエイツはハイドをどの作家よりも信頼に値すると言い、その話のいくつかを歌謡(バラード)にしてくれることを望んでいた。「泥炭の煙が香る作品を創った人たちの流れをくむ歌謡作者たちの、最後の一人といえるからである」と、彼には賛辞を惜しまない。
 イエイツ自身は物語一つと詩篇を二つ載せている。収録されている十三篇の詩は、J・カラナンの『クシーン・ルー』やエドワード・ウオルシュの『妖精の乳母』にみられるように、実際に子守り歌として歌われていたものや、クラレンス・マンガンの『バンシー』の歌やサミュエル・ファーガソンの『ラグナネイの妖精の泉(フェアリー・ウエル)』のような弔いの歌、『妖精の茨(フェアリー・ソーン)』のようにアルスター地方の民謡を採録し韻や形を整えたものなどで、当時歌われていたであろう元の調子とアイリッシュ・メロディが、木々をわたる風の音とともに聞こえてくるようである。ウィリアム・アリンガムの『妖精』や『レプラホーン ― 妖精の靴屋』の二篇は、アイルランドの妖精の典型的な容姿、動作、性質をその絵画的映像と巧みなリズムの中にユーモラスに歌って、妖精詩の傑作といえるものであり、「妖精」というと反射的と言えるほどすぐに、イギリスの多くの人の口からでてくるのはこの詩である。
 クローカーやハイドや他の人たちが、いち早く口碑伝承の記録を始めていたとき、イエイツは青年であり、そしてこの書物の編纂にたずさわっていた一八八八年には二十三歳であった。当時アイルランドの青年たちの間では、イギリス本国より独立しようという政治運動(脱英国化)が盛んであり、民族独自の想像力豊かな精神を、イギリスの物質主義文明の圧迫から救い、アイルランドの国民文学を創造したいという盛んな意欲に燃えていた。文学史上でアイルランド文芸復興運動と呼ばれるその兆しの中にいたイエイツは、アイルランド各地方の民衆の間に連綿と語りつがれてきた国民的退座である神話・伝説・民話こそ、新しい文学の母体となるものであり、詩的想像力の源となるものだと確信していた。実際にこれと平行してイエイツは『オシーンのさすらい』三部作を執筆しており、これはアイルランドの古い英雄伝説を掘り起こし、自らの想像力によって豊かに彩り生かした長編叙事詩であった。民話編纂の完結した翌年の一八八九年にこの詩集も刊行され、イエイツは詩人としての地位を得ることになるわけである。

『妖精の系譜』 新書館



nice!(1)  コメント(0) 

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。