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武州砂川天主堂 №37 [文芸美術の森]

第十章 明治二十・二十二年 3

        作家  鈴木茂夫

二月二日、横濱にて。日本北緯教会教皇代理司教宛にジェルマンの報告書。

 日本北緯教会教皇代理司教
 アルシノエ司教 オズーフ閣下
 御殿場付近ニハンセン病病院ヲ創立スル計画ニッキゴ報告イタシマス。今ヤ私ノ仮ノ病院ハ手狭ニナツテキテオリマス。現在ノ設備デハ、六人ノ患者ヲ収容シテオリマスガ、更に二三四名ノ新シイ患者ガ現レマストトテモ収容デキマセン。コノ事業ヲ継続・発展サセヨウト思エバ、ドレホド小サクテモ病院ヲ建築シナケレバナリマセン。
 コノタメ第一ニ富士山麓二数千坪ノ土地ヲ所有スル信徒カラ買イ求メタイト思イマス。
 コノ土地ハ、一般民家カラ遠ク離レ、林モアッテ冬場ノ燃料トナル薪モ確保デキマス。小川モ流レテオリ、病院設備二必要ナ水ヲ確保デキマス。マク、ヤガテ敷設サレル予定ノ中仙道ト東海道ノ鉄道線路ニモ近イノデス。多少ノ労働二耐エル患者ヲ農業ト養蚕二従事サセル農地ヲ廉価(れんか)デ譲渡シヨウト申シテオリマス。
 第二二地方当局ノ許可ニッイテハ、私ガ駿東郡長ト静岡県知事ト懇意ニシテヲリマスノデ問題ハナイト信ジマス。
 第三ニ、看護人モ手当ガツイテオリマス。コノ人ハ確固クルキリスト教信徒デ、ソノ宗教的信念ハ深ク、通常ノ人ニハ耐エガタイ患者ノ世話ニアタルトシティマス。コノ人ハ、自分ト家族ノ食料トシテ、一ケ月五円ノ給料デ看護ニアタルコトヲ承知シティマス。
 第四トシテ、私ハパリ外国宣教会ノ財政ガ困難デアルコトヲ知ッテオリマスノデ、経費ノ支給ヲオ願イスルコトハアリマセン。
 以上、申シ上ゲマシタコトニッキゴ承認頂キタイノデス。
 私ハコノ事業ガ衛生上、危険ナコトデアルコトヲ承知シテオリマス。何時ノ日カ、私モハンセン病ニ感染スルコトガアルカモシレマセン。ソレモ神ノ摂理デアリマス。

    閣下ノ従順ナル僕(しもべ)
          宣教師 ジェルマン・レジェ・テストヴィド

二月八目、築地・聖ヨゼフ教会にて。オズーフ司教のジェルマン宛書簡。

 我ガ親愛ナルテストヴィド神父
 私ハアナタガ担当地域デ計画シテイルハンセン病患者ノタメノ病院建設ヲ神ガ祝福サレルコトヲ祈リマス。
 私ハ日本国内ニハンセン病患者ガ相当数イルト聞イテイマス。コノ不幸ナ患者ノタメニ、病院建設ノ必要ガアリマス。タダパリ外国宣教会エバ資金が不足シテイルタメ、コノ慈善事業ニハ手ガマワリマセン。タダ私ハ、アナタノ計画二賛同スル慈善家ノ協カニ期待スルモノデアリマス。
               日本北緯教会司教 アルシノエ司教
                       ぺトロ・マリヤ・オズーフ

五月十五日、横濱・聖心教会にて。ジェルマンの募金依頼状。
 ジェルマンは、病院建設は、すべて教団の資金に頼るのではなく外部の寄付を仰ぐことになると決意した。

 募金倣感状
 日本のハンセン病患者のための病院設立のため、この小パンフレットをお送り申し上げることをおゆるしください。この仕事に対しご理解頂けますことを信じ希望しております。金額の多寡ではなく、あなた様の寛大なお心におすがり申し上げます。
 ご協力を感謝します。なお、ご送金は左記住所へお送り下さい。よろしくお願い申し上げます。
                            テストヴィド拝

 敬愛するみなさま
 住所・横潰八十番、横濱聖心教会
  パリ市バック街一二八、パリ外国宣教会 

五月二十二日、横濱・聖心教会にて。ジェルマンの寄付金への礼状。
 ジェルマンの呼びかけに、マルチーネ神父から寄付が寄せられた。ジェルマンはすぐに礼状を証(したた)めた。

 日本のハンセン病患者を救うため、私宛の寄付金ありがとうございました。おかげさまでこの仕事は順調です。この施設をはじめるのに、よい時であったことを喜びと共にご報告申し上げます。
 ……最も小さき者へのはとこしに百倍のむくいを約束なさった主が、あなたの上にお眼を止めて下さいますように。……この計画が大きくなるにつれ、だんだん不安になりましたが、もしそれが神のお望みのことなら成功するでしょう。最後にあなたのために祈ります。
               感謝と共に テストヴィド拝

六月、御殿場・鮎沢村。
 ジェルマンは、収容している六人を、それぞれの家族のもとへ戻した。夫に捨てられたモニカは、再び、水車小屋に戻った。

『武州砂川天主堂』 同時代社



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