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妖精の系譜 №28 [文芸美術の森]

 民間伝承をもとに作り上げられたパック 1

     妖精美術館館長  井村君江

 ティタニアとオベロンが古典神話の世界、中世ロマンスの世界から発し、宮廷のきらびやかさを初めから帯びているのに対し、王の従者であっても、本来野育ちであるパックは、その性質を多く民間伝承に依存している。パックの創造については、シェイクスピアが友人のリュート弾きリーラントからアイルランドのプーカの話を聞いたものがもとになっているかも知れぬという推定がたてられている。また妖精の系列を踏まえたプリッグズの説では、パックは、シェイクスピアが「ロブ・オブ・スピリッツ」あるいは「ゴブリン」、「ホプゴブリン」、そして「ロビン・グッドフェロー」と呼んでいることからもわかるように、シェイクスピアが民間伝承及び中世の典型的な妖精の数々の属性を一つの妖精の中に混ぜ合わせて、「いたずら好きで陽気なパック」という固有名詞の存在に仕立てあげたものであるため、ケルト系のプーカ、そしてピクシーや家事好き妖精のプラウニー、デヴィルと同義だったプーカとも類似しているのである、となっている。またそのほかの説として、シェイクスピアが直接ウェールズの地に行っていたとき、その地に伝わる民間伝承を知って、パックの性質にそれを用いたというものもある。(『夏の夜の夢』のアセンズの森はウェールズに実際にある森からヒントを得たと現在でもその地で言われてお。、またウェールズの民間伝承をシェイクスピアが知っていたとも推定される)。

 ケネス・ミュアーによれば、パックはレジナルド・スコットの書物と、シェイクスピアが直接知っていた民間伝承の知識からとなっており、妖精プークルやバグスを混ぜたものとされている。キートリーによると、プークルは古英語ではプークで、一五九四年以前はフェアリーではなく、例えば十二世紀のロマンス『リチャード獅子心王』では「神秘的で超人的な騎士」を「プーク」と呼んでおり、十三世紀のラングランドはパックを悪霊(イヴィル・スプライト)にしており、またスペンサーも悪い妖精として用いている。民間伝承ではもっとも一般的な家事好き妖精として、アイルランドではプーカと呼ばれ、ウェールズではプツカ、デヴォンシャーではピタシー、ピスキー、ビスギー、スコットランドではボーグル、さらにアイスランドのプーキーやスウェーデンのポッカも同種と見られている。

 本来パックはある特定の妖精を指す固有名詞ではなく、フェアリー全体を指した語であった。パックまたはプークはほぼデビルを意味し、ウイリアム。ラングランドによる長詩、『農夫ピアスの夢』の中にもプークという語で出てくる。この一族は非常に広い範囲に広がっていて、アイスランドのプーキーや、オランダ北部のフリーズランドやチュートンの農民からブックと呼ばれて親しまれた妖精も同じものである。イギリスで例をひろえば、ウースターシャーで農民たちがポーク・レドンという言いかたをしばしばするのも、いたずら好きの妖精プークに由来する。バンプシャーにはコルト・ピクシーがおり、アイルランドには有名なプッカ、プーカがいる。ウェールズにもプーカの話が伝わっている。これらさまざまの似通った言葉の源にプーク、パックがあるのであって、スコットランドに広まるポーキーといういたずら者も同じ語源を持っている。この一群の妖精たちの名の中でピクシーというものが、今もイングランド西部に親しいものとして残っている。獣の精ポック及びポーキューパイン(ハリネズミ)が語源ともいわれるが、十六世紀頃からロブ、ホプゴブリン、ロビン・グッドフェローとも同一視され混ぜ合わされて、次第に馬や鬼火に化けたり姿を消したりして人をだましたり、手伝いもしたりする陽気でいたずら好きの「夜さまよう悪霊」になってくるのである。

 一九七七年に筆者が作成した「妖精小辞典」のロビン・グッドフェローには、次のような箇処がある。


  ……十三世紀の文献の中に初めて「ロビン・グッドフェロー」の名が見られ、一四八九年のパストン・ペーパーズには次のように書かれている。一一“in the Name of Mayster Hobbe Hyrste, Robin Godfelaws brodyr he is …”十六世紀には『ロビン・グッドフェロー、その気違いじみたいたずらと陽気なうかれ騒ぎ』という小冊子が流行し、半分は悪魔、半分は山羊のパックとなっている。挿絵にはフェアリーたちの輪の中に半身は人間、半身は山羊で角が生え、手に家つき妖精の象徴たる等をかついで踊っている、陽気で牧歌的な姿として描かれている。一五九〇年に出た作者不詳の『煉獄からのタールトンのニュース』の中では、ゴブリンと同じように陽気な性格を持って食料貯蔵室に住んでいる守護神であり、夜中に悪ふざけをするが、バター作りや糸紡ぎなど家の手伝いをするスプライト(悪霊)であると書かれている。シェイクスピアはこうした「ホブゴブリン」の性格と「パック」を結びつけ、民間伝承の粗野で不恰好な姿を、きわめて小さい霊気のような姿に変え、独自のイギリス的な妖精を作りあげた。


 このエリザベス朝に流行した小冊子とシェイクスピアのパックとの関係をより具体的にみていこう。エリザベス朝の民衆が持っていた妖精信仰ないしは超自然の存在に対する考え方がよくうかがえる文献として、レジナルド・スコットの『魔術の正体』の他に、トーマス・ナッシュの『夜の恐怖』(一五九四)及び当時有名だった喜劇役者タールトンの死後、前述のように作者不詳だが、間もなく刊行された小冊子『煉獄からのタールトンのニュース ― 彼の古き仲間、ロビン・グッドフェローの手になる刊行』(一五九〇)がある。次はナッシュの妖精に関する箇処である。


 今の時代にロビン・グッドフェロー、エルフ、フェアリー、ホブゴブリンと呼ぶものは、かって偶像崇拝の時代やギリシャの空想的な世界では、牧羊神、半身半獣、森の精、木の精と呼ばれたが、彼らはおおむね夜中に陽気な悪戯をした。また麦芽をす。つぶしたり、仕事着の麻のシャツを着て緑の野で輪舞したり、家をきれいに掃除しなかった女中を寝ている間につねったり、こう言っては可哀想だが、その悪名高いやり方で旅人たちの道を誤らせたりしたものだ。


 この記述中のフェアリーは、ロビン・グッドフェローとホブゴブリンが同一と見なされており、さらにチョーサーが犯していたギリシャ・ローマの精霊たちとの混同がみられるが、しかし妖精の基本的な特色が短い中によく要約されている。すなわち、(1)夜姿を現わすこと、(2)拗陽気に悪戯をすること、(3)人間の家事を手伝うこと、(4)野原で輪踊りをすること、(5)悪い女中に罰を与えること、(6)つねること、(y)旅人の道を迷わせること等であるが、シェイクスピアが妖精の性質として用いたものが、すべてここに掲げられている。またタールトンの小冊子でも、彼が死後の世界から「家庭の守護神」となってこの世に現われ、人々を陽気にすると書かれているが、「わたしめもほかのゴブ

リンと同じように陽気で、ロビン・グッドフェローが昔、バター貯蔵室のところで田舎娘たちに対してしたように、立ち去る前には、あなたを陽気にするのだとお考えあれ」という言葉からもうかがえるように、前述のナッシュの記述と同様に、フェアリーをゴブリン及びロビン・グッドフェローと同等に扱っており、これが当時の一般的な呼称であって、明確な区別をせずに、パックとも同義語的に用いられていたことがうかがえるのである。妖精学の権威プリッグズの著『妖精事典』 (一九七六) のロビン・グッドフェローの項には次の記述があり、パック、ホプゴブリン、ロビン・グッドフェローが同義語としてエリザベス朝には用いられていたことが示されている。(この項つづく))

『妖精の系譜』 新書館





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