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妖精の系譜 №6 [文芸美術の森]

中世ロマンスとバラッドから 1

    妖精美術館館長  井村君江

英雄と妖精を歌うブルトン・レイ

 十二世紀の末から十三世紀にかけて、イギリスでは吟遊詩人(ミンストレル)がリュートかハープに合わせて唄い語る韻文(メトリカル)ロマンスがとくにブルトン・レイと呼ばれて流行する。
 もともとブルトンはケルト系の一種族であり、今のイギリスであるグレート・ブリテンとイギリス海峡とビスケー湾にまたがるフランス北西部の半島のプリタニー(ブルターニュ)にわたって住んでいた、古代のブリトン人を指すものである。十二世紀後半のフランスの女流詩人マリ・ド・フランスがブルターニュに語り伝えられていたものを北部フランス語で書き、それがイギリスに入ってさまざまに粉飾をほどこされ、広く愛唱されていったのである。従ってブルターニュやプルトンの要素が入っていることは当然であるが、さらにケルトの伝説からの主題やリズムがかなり導入されている。
「マリの物語の本質は、プルトン起源というよりケルトのものといえよう。プルトンとケルトの想像力には、特異な憶賞の夢想や魔法、神秘がある」とマリのブルトン・レイを英訳しているE・メイソンも指摘している。
 唄われる主題は、英雄たちの恋愛や冒険や戦い(広い意味のロマンス)、その地方に伝わる伝説(レジェンド)などが多く、意外な結末で物語が終わるという面白味を持っている。主題の一つをマリ・ド・フランスは「妖精が問題を課す物語(フェアリー・プロブレム)」と呼んでいるが、いわば英雄たちが冒険探求という形で問題を解決していくことであり、その場合(1)目的と行為の過程に、ある象徴的な意味がこめられていること、(2)物語の舞台がこの世の現実とあの世の世界にわたっていること、(3)人間と妖精とが自在に関係を持っていること、(4)超自然の要素、魔術や神秘の力が多く関わってくること等を示していよう。
 ブルトン・レイの多くには妖精王や妖精女王が登場し、妖精の国の宮殿のさまざまな描写を見ることができるのであるが、それらは中世の貴族の世界と重なっており、そこに見られる人々も愛も宮廷風恋愛(コートリー・ラブ)の型をとっている。こうした特色がよくうかがえるブルトン・レイの物語、『サー・オルフェオ』と『サー・ローンファル』を中心にこの他、『ギンガモール物語』『ヨネック物語』『ウォーリックのガイ』などに描かれている妖精の国、異界の描写も見ていきたい。
 また、ブルトン・レイはアーサー王ロマンスの世界、ケルト神話の世界ともつながりを持っており、さらに当時一般に語り伝えられていたバラッドとも連関している。従ってバラッドに見られる妖精女王や妖精の国も比較して見てみたい。とくに 『タム・リン』『詩人トマス』『チャイルド・ローランド』が妖精界と人間界との関わりをよく描いているのでそれらを中心にする。 取り扱う作品を便宜上列挙し、その主な主題を掲げておこう。

『サー・オルフェオ』Sir Orfeo (妖精王にさらわれた妻を取り戻す話)
『サー・ローンファル』Sir1aunful(妖精を妻にし、タブーを破る話。妖精花嫁諸)
『ギンガモール物語』Lai of Guingmor(妖精の女王に連れ去られ三年過ごして帰る話)
『ヨネック物語』Lai of Yonec(妖精王が小鳥に変身し、訪ねた恋人の夫に刺され、恋人が妖精国を訪ねる話)
『ウォーリックのガイ』Guy of Warwick(妖精の騎士と戦い、捕われていた騎士を救う話)
『タム・リン』Tamlin (妖精騎士をこの世に取り戻す話)
『詩人トマス』Thomas the Rhymer (妖精の女王に連れ去られ再びこの世に帰る話)
『チャイルド・ローランド』Child Roland(妖精王にさらわれた妹を取り戻す話)
『サー・ガウェインと緑の騎士』Sir Gawain and the Green Knighl(騎士ガウェインが魔性の「緑の騎士」の首取りゲームの挑戦を受け冒険の旅に出て戻る話)

『妖精の系譜』新書館

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