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ケルトの妖精 №46 [文芸美術の森]

妖精の女王ティターニア

        妖精美術館館長  井村君江

◆シェイクスピアが『夏の夜の夢』のなかで、高慢で強情でコケティッシュな妖精の女王として描いたティターニアは、古典世界ではきらびやかな神話体系に属している。
 ティターニアの名は「タイタン(巨人神族)の娘」からきている。ところが「ウラノス(天)」と「ガイア(地)」のあいだに生まれた「太陽神ソル」の姉妹、「月の女神ダイアナ」もティターニアと呼ばれたので、それぞれの名前のもっている意味がひとつに重ねられて、妖精の女王と月の女神はしだいに同じキャラクターをもつようになった。
 シェイクスピアはティターニアの姿を魅力的に創りあげたが、ここでもティターニアには月の女神ダイアナの性質がつけ加えられている。妖精たちの月夜の輪踊りの場面などに、それをうかがうことができる。
「月夜の森で歌に合わせて輪踊りをしておくれ」とティターニアが言うと、妖精たちは、「災い、呪い、怪しいものは、女王さまに近寄るな」という守護の歌を歌って、安らかな眠りを誘う。
「月が、ほら、泣いているみたい。月が泣くと小さな花も一輪残らず涙を流す。きっとどこかで乙女が汚されたのよ」と、シェイクスピアはティターニアに言わせているが、処女を守護する月の女神の性格として、これは当然のことだといえる。
 シェイクスピアの妖精たちは花々や昆虫に囲まれて暮らしている。その名も「辛子種」や「蜘蛛の巣」「豆の花」「蛾の君」というように植物や花、蝶や昆虫の化身のようであり、微小で繊細で美しいイメージである。そしてティターニアのベッドは甘い香りを放つすみれや忍冬(すいかずら)、癖香いばらでできており、蛇のエナメルの皮や煽蟻のつばさの皮は妖精の服になる。妖精たちは蜂の巣からは蜜を、リスの蔵からはクルミを集めている。
 また、シェイクスピアは『ロミオとジュリエット』のなかでも、妖精マブとして妖精の女王を登場させている。ここでは妖精マブは、メノウほどの小ささで「ハシバミの実の殻の車」を「ケシ粒ほどの小人」に引かせている。妖精マブが恋人の頭を通れば恋の夢、妖精マプが弁護士の指のあいだを通れば謝礼の夢など、人間に夢をみさせる妖精(フェアリー・ミッドワイフ)とされている。
 妖精マブの侍女は蝶の羽で扇をこしらえたり、蜂の足をローソク代わりにしてそこに蛍の灯を灯したりするなど、『夏の夜の夢』のティターニアの寝所の場面に登場する妖精たちの繊細な姿につながっている。
 マブという名前は、ケルト神話の戦いの女神メイブや、コノートの女王メイブにも重なっている。ケルト神話の世界では、戦いに敗れた女神ダーナ神族が海の彼方に常若の国、地下に妖精の国をつくり、ミディール、オィングス、フィンバラ、マナナーン・マックリールなど、たくさんの神々が妖精の王になっているのだ。
 ウェールズ語の「小さい子」を意味するマブとかマベルからとられたという説もある。

『ケルトの妖精』 あんず堂


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