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ケルトの妖精 №45 [文芸美術の森]

シェイクスピアと「夏の夜の夢」の妖精 2

        妖精美術館館長  井村君江

妖精王オーベロン
◆ シェイクスピアは、幼いころを過ごしたウォーリックシャtの民間信仰や各地の伝承をもとに、オーベロン、ティターニア、パックなど妖精たちが入りまじる夢幻的喜劇『夏の夜の夢』を書いた。
 イギリスで六月二十四日はミッドサマー・デイ、日本で言う夏至にあたり、この日は聖ヨハネの生誕祭であり、地母神の祭日にあたる。その前夜になると妖精たちが森や丘、水のほとりに現れ饗宴をはるといわれ、女たちが未来の夫をベンケイ草で占う日でもある。
 インドが故郷であるシェイクスピアのオーベロンは、このアテネの森に大公の結婚を祝い、新床に喜びと栄えをもたらすために来たのだったが、妻の妖精の女王ティターこアといさかいをしたり、人間の娘を口説いたりする、きわめてわれわれに近い性格の妖精王として描かれている。
 いさかいのもとになったティターニアの連れている子どもには、妖精のさらってくる人間の子(取り換え子)のイメージが重ねられている。
 伝脱をたどれば、オーベロンはシェイクスピアの作品に登場するずっと以前から、その名を知られている。オーぺロンの名が見られるフランスのロマンス『ボルドーのヒュオン』は一五世紀の話である。
 ボルドーのヒュオンはりっぱな騎士だったが、偉大なシャルルマーニュ大帝の王子に背かれ、その攻撃をしばしば受けていた。しかし、ついにヒュオンは王子を討って、勝利を得ることができた。正義がどちらにあるかわからないでもない大帝だったが、息子がもう戻ってこないことを思うと、やるせない気持ちになっていた。そこで勇猛な騎士ヒュオンにも成し遂げるのが難しい過酷な遠征を命じて、彼を追放も同然に宮廷から追いだしてしまった。
 宮廷を追われたヒュオンは、ある日のこと、ひとりの家来を従えて森に入っていった。その森には妖精の王オーベロンが住むといわれていた。
 ヒュオンが馬の足を一歩森に踏みいれたとたん、ゾクッと悪寒が走り、身の危険につながるような魔力を予感した。しかし「宮廷に戻ってもしかたのない身だから」と、なかはあきらめの境地でどんどん森の奥深く馬を進めていった。
 しばらくすると、どこからともなく、「妖精の王オーベロンと口を聞いてはいけないよ。さもないと王の魔法にかけられて、命も危いよ」という声が聞こえた。
 ヒュオンは、オーベロンが森の小人王、小さな蛮王とも呼ばれ、なんでも好きにできる力をもっているのを知っていた。
「やはりオーベロンの森に入ってしまったのだったか」と心をひきしめて進んでいった。
 しばらく行くと、「わしは妖精の王、オーベロンだ」と背丈はわずか三フィート(九十センチほど)しかない、ずんぐりして不格好だが、美しい天使の顔をした小人が現れた。
 オーベロンはヒュオンを出迎えて、いろいろ質問を浴びせた。しかし、ヒュオンと従者は忠告を守っていっさい口を開かなかった。オーベロンは怒って、ヒュオンと従者を激しく打ちのめし、ついには口を開かせた。
 ところがオーベロンは、口を開いたヒュオンの気高い精神にうたれ、彼を気にいった。そしてヒュオンを殺すのをやめたばかりか、友人として厚遇し、不思議な力をもつ杯と徳の象徴である角笛まで贈ったのである。
 それからはヒユオンは、オーベロンの魔法に助けられて多くの試練に打ち勝つことができた。やがて死を前にしたオーぺロンは、ヒュオンに魔法の使い方をすべて教え、なおかつ妖精の王として戴冠させたという。
 オーベロンは誕生の祝いに招かれなかった妖精の怒りをかい、三年しか成長しないという呪いをかけられた。そのため背丈が三フィートしかない。しかし、ほかの妖精が美しきや他人の考えを見抜く力、さらに人や城などをよそに移す力、そして魔法の杯と角笛などを贈った。このため、オーベロンは超人的な能力をもつ妖精の王となって君臨していたのだ。
 ここに見られる天使のような顔とか、正直な人間の手が持てばワインがくめどもつきないという魔法の金杯とか、あるいはひと吹きでどんな願いも即座にかなえ、吹くもののもとに一瞬のうちに救援の手をもたらすという象牙の角笛などのエピソードもあるが、これらはきわめてケルト的である。ヒュオンが妖精に「もしひと言でもオーベロンに話しかければ永遠に失われてしまう」と忠告されて、この言葉を受け入れること自体もケルト伝説によっている。
 このオーベロンはジュリアス・シーザーと隠れた島の貴婦人ケファロニアとのあいだに生まれた息子とされている。中世の伝説のなかではシーザーとアレキサンダー大王は西ローマ帝国のキリスト教圏を象徴している存在であるから、シーザーの息子として描かれていることに、オーベロンの重要な位置がうかがえる。
 死後の国、冥府の王プルートーの特色も入っているようで、この世を去るときには楽園に席が用意されている」と自ら言うように、妖精の国に住んでいても死の宿命を免れない1人間」であった。
 オーベロンは、ゲルマン伝説の英雄ジークフリートが登場する『ニーベルンゲンの歌』に描かれ、ニーペルンゲン一族から奪い取った財宝を守る小人、アルベリッヒ(アルフ「妖精」十リッヒ「王」)の映像と重なっているともいえる。
 ルネサンス初期になると、オーベロンの名は使い魔(ファミリア・魔法使いに雇われ仕事をする妖精)の意味にも使われていた。
 シェイクスピアの『テンペスト』に登場する風と空気の精エアリエルは、この使い魔で、魔術師プロスベロに使われている。魔女シコラックスに松の木の幹に閉じこめられているところをプロスベロに助けられたエアリエルは、十六年ものあいだ仕えながら年季があけて、花の下で遊べる日を夢みている。

『ケルトの妖精』 あんず堂


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