SSブログ

ケルトの妖精 №18 [文芸美術の森]

妖精の取り換え子 1

            妖精美術館館長  井村君江

 アイルランドのバネット村に、ジェミー・フリールという少年が母親とふたりで住んでいた。ジェミーはやもめの母親にとって、暮らしをささえる大切な息子だった。
 ジエミーはかせいできたお金は母親の膝の上にぜんぶ出して、半ペンスの小遣いもきちんとお礼を言ってもらうような子だったから、隣人たちは見たこともない孝行息子だとほめていた。
 だがジェミーのことをなんと言っているかわからない「小さな隣人」がいた。その隣人というのは、村の近くに住んでいるのに、五月の聖夜やハロウィーンの夜以外は、めったに人間の前に姿を見せることのない妖精たちだった。
 ジエミーの小屋から四分の一マイルのところにある荒れた古城が、この小さい隣人たちの家だった。ハロウィーンの夜には城の古びた窓からちらちら光がもれ、村人は城のなかで小さな人影が行ったり来たりするのを見ていた。
 笛の音を耳にすることもあったから、村人は妖精がお祭り騒ぎをしているのを知っていた。しかし、だれひとりそこに出かけていく勇気はもっていなかった。
 あるハロウィーンの夜のことである。
 その夜、冒険心に駆られていたジェミーは、城のなかでなにが行われているのか見たくなって、母親にないしょでそっと家を出た。ジャガイモ畑を横ぎり城の見えるところまでやってくると、窓は燃えるように明るく輝き、野リンゴの枝に残っていた枯れ葉の赤さを金色に変えていた。木立のなかに立ち止まって妖精たちの浮かれ騒ぎに耳を傾け、さらにジェミーは先へ進んだ。
 城のなかがのぞけるところまで来てみると、たくさんの妖精がなかにいるのが見えた。いちばん背が高くても五歳の子どもぐらいだったが、にぎやかな音楽に合わせて、踊ったり酒を飲んだり、ごちそうを食べたりしていた。
 ジェミーはそっと入り口に立った。
 すると、「ようこそジェミー、いらっしゃい」と、城のなかにいた妖精たちが口々に言った。
 ジエミーは妖精たちに歓迎されて、とても楽しく時をすごすことができた。
 やがて妖精のひとりが、
「今夜、若い娘を盗みにダブリンまで出かけるんだが、ジェミー、一緒に行かないか」
 と誘った。
「ああ、いいですとも」と、ジエミーは向こう見ずにも言ってしまった。
 城の外にはたくさんの馬が旅のために用意されていた。ジエミーがその一頭にまたがると、馬は見るまに空中に駆けあがっていた。
 ジエミーの乗った馬は、妖精の一団に囲まれて母親のいる小さな小屋の上を駆け抜けて飛んでいった。国じゅうの人々がクルミを焼いたり、リンゴを食べたりしているハロウィーンの夜を、妖精の一行は険しい山々を飛び越え、深いスィレー湖を横ぎり、町々の上を飛んでいった。アイルランドを一巡りしてしまうのではないかと、ジエミーには思えた。
「ここはデリーだ」と一人の妖精が大聖堂の上を飛びながら言った。すると五十人の妖精の小さな口が、「デリーだ、デリーだ」とおうむ返しに叫んだ。
 こんなふうにジエミーは、通りすぎる町々の名を教えられた。
 ようやくだれかが、「ダブリンだ、ダブリンだ」と叫ぶのを聞いた。
 妖精たちの一行は、ダブリンのスティーブンズ・グリーン通りでもっとも立派な屋敷のひとつにおりたった。そしてその屋敷の窓から部屋のなかをのぞきこんだ。
 ジエミーものぞいてみると、なかにはすばらしい寝台に横になっている美しい娘の顔が見えた。
 妖精たちはその若い娘を抱えて寝台から運びだした。代わりに娘の寝台に木の棒をおいた。すると木の棒は娘そっくりの形になってしまった。
 驚きあきれているジエミーを尻目に、一行は来たときと同じように通りすぎる町々の名前を叫びながら、代わる代わる娘を抱えて飛んでいった。
 バネット村の近くまで戻ってきたとき、ジエミーは言った。
「みんながひとわたり娘さんを運んだようだから、こんどはおいらが引き受けようじゃないか」
 妖精の一行はうれしそうに答えた。
「たしかにこんどは、おまえが娘を運ぶ番だ」
 ジエミーは娘を受け取ると、しっかりと抱きかかえた。そして妖精たちの一団から離れ、母親の小屋めざして一目散におりていった。
 妖精たちはジエミーが逃げだしたのを知って、
「まったくなんてことをしやがるんだ」
 と叫びながら追いかけてきた。
 そして、ジエミーを驚かせて娘を奪い返そうと、妖精たちは娘をあらゆる奇妙な形に変えてみせた。娘の姿は吠えたてて噛みつこうとする黒犬になったり、赤く焼けた鉄の棒になったりした。しかし、不思議なことに焼けた鉄になっても熱くはなかった。
 ジエミーは、それでも必死に娘を抱えて放そうとしなかった。
 そのとき妖精のなかでもいちばん小さな女が、
「ジエミー、そんなことは娘のためにならないよ。あたしが娘を唖で聾にしてやるよ」と叫んだ。
 ようやく妖精たちがあきらめて去っていくのを見て、ジエミーは母親の小屋に入った。「ジェミー、おまえかい。一晩じゅうなにをしていたんだい」
 母親は言ったが、娘の姿を見ると驚いてしばらく口がきけなかった。
 ジエミーはこの晩の冒険のことを話して聞かせ、そして言った。
「まさかお母さんだって、この娘が奴らにさらわれて永久に連れていかれるのを黙って見ていろとは言わないでしょうね」
「でもいいところの娘さんなんだろ。そんな娘があたしらみたいに、粗末な食べ物を食べて貧乏暮らしをしていけると思うのかい」
「ですがね、母さん。この娘にしてみれば、あっちに連れていかれるより、ずっとましにちがいないんですよ」
 とジエミーは古い城のほうを指さした。


『ケルトの妖精』 あんず堂

nice!(1)  コメント(0) 

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。